凡聖同居 龍蛇混雑。

結局時差ボケが治らない侭、「零下の世界」ニューヨークに戻って来た。

そして、その氷点下の街での仕事は決して甘くは無く、1日置いた昨日は、時差ボケの侭早速国内出張(涙)。

当社名誉会長と共に重要顧客に会う為だったのだが、朝起きると、気温は何とマイナス11度!ウンザリしながらも気合を入れて出発し、着いた出張先の気温は22.5度…数時間の内に摂氏で33.5度の気温差を経験した訳だが、其処は当に「楽園」で有った。

少々早く着いたので、ミーティングが行われるホテルのカフェで一服する事にし、テラス席に陣取って、暖かな陽射しの下アイス・コーヒーを飲んで居たら、段々と帰りたく無くなる気持ちが沸々と沸き起こり、非常に始末に困る(笑)。

…が、重要ミーティングを何とかクリアしても、毎度の事ながら飛行機が遅れ、真夜中の極寒の中、「楽園」から這う様にして帰宅…ワタクシと云う人間は、何と働き者なのだろう!(涙)

さて、今日のダイアリーの主題は、その「堕天使」的出張から1日遡り、ニューヨーク在住若手目利き古美術商、また「ニューヨーク『3KY(空気読め過ぎ:笑)』」の1人でも有る、柳孝一氏のギャラリーでの「初釜」だ。

此方の初釜も、久し振りの出席と為ったが、クサマヨイとアッパー・イースト・サイドに在るギャラリーに着き、エレベーターを降りると正面には正月飾り、横には狩野探鯨らしき絵師に依る、金地の本間「松鶴図」屏風六曲一双が置かれていて、誠にお目出度い雰囲気。

柳氏に新年のご挨拶をして待合に座っていると、茶人D氏夫妻やS老師、Mさんや裏千家のH先生、JSのS理事長夫妻等の相客がそろそろとやって来て、いざ「天遊卓」に拠る立礼席の茶室へと足を運ぶ。

観ると、床には正月の年記と画賛の入った、光琳の「宝珠」墨絵に古清水桐型香合、床脇には先日亡くなった大コレクター、バーク夫人を偲んでの、素晴らしい室町期の「春日舎利厨子」、花入は古銅下蕪と云った室礼…スッキリとした品の有る取り合わせだ。

客が席に着くと、柳氏の挨拶を経て早速「鹿の山」の点心が供され、皆で和気藹々と料理に舌鼓を打つ。そして、武者小路千家ニューヨーク支部隨縁会のKさんに拠るお点前が始まった。

水指は辻村史朗作の備前、茶器は金輪寺、しかしこの金輪寺は蓋は松材、胴は竹、そして梅枝の絵が描かれている為に「松竹梅」と為っている、これもお目出度い兪好斎好のモノ。

そしてこの日の主茶碗は、伏見屋宗理(無轍斎)伝来の黒織部…「中田」とも読めそうな漢字の様な文様(鍬と田圃かも知れない)と団子文を持つ、豪快な茶碗で有る。

その黒織部に点てられた薄茶は、D氏の喉を通り、その後は替茶碗で有る古萩茶碗に引き継がれ、辻村作の茶碗達へと変わりながら客達に呈され、初釜は終了。

相変わらず魅力的な道具組みの柳氏の初釜だったが、しかし今回筆者の興味を最も惹いたのは「茶碗」では無く、珍しく「茶杓」で有った。

今回使用された茶杓は、武者小路千家七代直斎作の銘「龍蛇混雑」。この「龍蛇混雑」の銘は、碧巌録の「凡聖同居 龍蛇混雑」(ぼんしょうどうきょ りゅうだこんざつ)から取られた物。

無著禅師が夢で文殊菩薩に会った時に、「こちらの世界の様子は如何ですか?」と尋ねると、文殊は「凡聖同居 龍蛇混雑」と答え、それは文殊の元では凡夫も聖人も、智者も愚者も、大人も子供も、老いも若きも、分け隔て無くそのままで仏法で有る、智慧の象徴である文殊の仏眼で見れば、迷いも悟りも、善人も悪人も平等一枚、1人1人が大光明を放って居る、との由来だ…何とも「茶の湯」に相応しい、素晴らしい銘では無いか!

その上、この「龍蛇混雑」と云う茶杓は実は2本組で、しかも驚く事に共筒に「2本重ねて」一緒に入れる様に為って居て(「混雑」と云う訳だ)、当然1本が「龍」、もう1本が「蛇」なのだろうが、今年が巳年なのに加え、柳氏自身が巳年生まれ(年男!)と云う事も有って、この2本の内の、櫂先がまるで蛇の背と腹の様に2色に分かれた、小さい方の茶杓(大きい方が「龍」だろう)を使ったとの事。

凡聖同居、龍蛇混雑。

茶の湯本来の精神と心遣いに溢れ、我々地獄夫婦の心も非常に暖められた、柳孝一氏「流石」の初釜でした。


−筆者に拠るレクチャーの開催告知−

日時:2013年2月9日(土)午後3時半-5時

場所:朝日カルチャーセンター新宿

講演タイトル:「渋谷の『白隠』と海を渡った『白隠』」

講座サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=188251&userflg=0

展覧会サイト:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin.html

奮ってご参加下さい!