パラダイスでのお仕事。

十代目坂東三津五郎丈が、滔々亡くなって仕舞った。

その大和屋さんとは一度だけ向島で呑んだ事が有って(拙ダイアリー:白隠、かぶき、向島の夜」参照)、お城の話や骨董の話で盛り上がったりしたのだが、芸妓さん達の踊りが始まると正座をされて確りと見、終わったら盛大な拍手を贈っていたのが印象的だった。

大和屋さんは歌舞伎、特に舞踊に優れて居たが、近代劇でも非常に良い役者だったと思う。それは例えば「利休」での石田三成だったり「写楽」での松平定信、或いはコッポラ&ルーカス・プロデュース、ポール・シュレーダー監督の「MISHIMA」(序でに音楽はフィリップ・グラス、デザインは石岡瑛子!)内の「金閣寺」、また「古畑任三郎」での棋士役等でも十二分に感じられるが、近代劇をやる歌舞伎役者に多い「どっちつかず感」の無い、稀なる役者で有った。

大和屋さんは、中村屋が亡くなった時に「自分の半分を失った」と云って居たが、今頃は親友中村屋とあの世でサシで一杯呑みながら、舞でも舞って居るに違いない…名優十代目坂東三津五郎丈のご冥福を、心よりお祈りしたい。

さて名優と云えば、この間の日曜日は第87回アカデミー賞の発表だったが、僕のイチオシ「バードマン」(拙ダイアリー:寒さと静寂が齎した、予期せぬ奇跡」参照)が見事作品賞・監督賞・脚本賞を獲った…が、キートンは惜しくも主演男優賞を逃して仕舞った。

キートンの演技はかなり素晴らしかったと思うのだが、受賞したのはスティーヴン・ホーキングを演じたエディ・レッドメイン。彼には何の恨みも無いが、「実在の人物をソックリに演じた役者に賞が行き易い」のは一体どう云う事なのだろう?…僕には一寸納得が行かない。

が、主・助演女優賞を獲った大好きなジュリアン・ムーアや「Boyhood」のパトリシア・アークエット助演男優賞の「Law & Order」のK・シモンズ等の受賞者達は皆名優で順当だっただけに、終いには「出して用意して居た受賞スピーチ原稿を仕舞う姿」迄、Youtubeにアップされて仕舞ったキートンが惜しまれる(キートンが可哀想だよ!)…ガンバレ、キートン

と云う事で、此処からが本題。

この間の日曜日、早朝まで吹雪いていた極寒のニューヨークを抜け出して、もう天国としか云い様の無い気候のサンフランシスコへとやって来た。

今回の出張は、今年日本で開催される予定の僕の顧客のコレクション展に関するお手伝いで、顧客の依頼に拠り美術館学芸員M女史・修復家K氏・シッパーのダブルNさん(2人とも同じN子さんと云う名前なのだ!)、そして顧客自身と丸3日間倉庫に缶詰に為り、200点に及ぶ作品の状態のチェックをする、と云う物だった。

学生時代に蠣崎波響とクルト・シュヴィタース(し、シブい…)を勉強したと云う、日本から来た2人の美術梱包のプロ、ダブルNさんが次々と箱から出した作品をM女史と観ては、状態が悪ければ修復家K氏に相談し、応急措置を依頼する。また何も問題が無ければ、確りとシッピング用の梱包を施す。

このコレクションは絵画コレクションなのだが、珍しい事に屏風や巻物、画帖等は無く、掛軸のみ(1点だけ額装扇面画有)で構成されて居て、中でも僕イチオシの前島宗佑や柴庵を含んだ室町水墨画群は秀逸なのだが、その他にも白隠や風外、仙突等の禅画や南画、仏画も含まれて居て、観て居る方も本当に楽しい。

そしてその作品を観ながら、M女史と時代やアトリビューションに関してああでも無い、こうでも無いと話したり、箱の中に来歴に関する新たな発見をしたり、K氏に悪コンディションがどうして起こるのかを聞いたり、梱包チームに最新の梱包材の話を聞いたりするのは、誠にエデュケーショナルな時間なので有った!

そんな夜は夜で、皆で金門橋の麓のレストランでシーフードを食べたりして楽しかったのだが、僕は疲労と体調不良で不慮のダウン…が、そうも云っては居られず、今はサンフランシスコ国際空港のラウンジで、日本へのANA007便を待って居る処。

極寒の地を脱出しての、束の間のパラダイスでのお仕事…誠に意義深い数日間で有りました。