君は「幽体の知覚」を持っているか?

結局我々の「妄執クリスマス」は、友人達と神楽坂の裏道に在る仕舞屋(しもたや)風の寿司屋「S」で、大将に散々「あんた、酒呑まないんだから!」と焚き付けられながら食べ続け、自分の余りの食欲の云い訳に、生物学的父親が82歳にして如何に呑んで食べるかを、遺伝学的に滔々と説明したのだった。

寿司を食べ尽くした後、この「S」が弟の店「来経(きふ)」の直ぐ側だった事から、一杯遣りに行く事に。そして「来経」に着くと、文字通り「噂をすれば、影」で、何と其処では、父親が合気道仲間と呑んでいた!しかし、寿司屋でいい加減にぶち上げていた遺伝学的仮説が、直ちに証明されて嬉しかったのも事実である(笑)。

そして今日日曜は、銀座で本やCD(を、今でも買っている私って一体…)を買い、妻と蕎麦を食べた後、森美術館で開催中の「小谷元彦 幽体の知覚」展へ。

驚く程閑散とする六本木ヒルズを下に見る美術館は、程々の入り…そして小谷の展示は、まるで礫刑のキリストを思わせる美しい少女の連作ポートレイト、「Phantom-Limb」で始まる。

そして結論から云うと、この展覧会は、実に素晴らしい!勿論以前に、例えば「SP2:New Born Series」や「Human Lesson(Dress 01)」と云った、小谷元彦と云う作家の作品を観てはいたし、今回の展示を観ると、恐らくはマシュー・バーニーやキキ・スミス、ヤン・ファーブルレベッカ・ホーン等からの影響が観て取れなくも無いが、この作家の実力は、実は同世代の現代アーティストとは一線を画するのでは無いか、と正直感動したのだった。

特に素晴らしく思った作品は、先ず靴を脱いで作品に上がる、参加型ヴィデオ・インスタレーションの「INFERNO」。これは、八角形の鏡の床と天井、各壁面はスクリーンで覆われ、激しい勢いの瀧の映像が映し出される空間である。スクリーン一杯に、上から勢い良く降り注ぐ瀧が、上下の鏡面にも映り込み、余りの落水の激しさに、観者はその視覚のマジックに因り、エレベーターに乗って上昇している様な感覚に陥る。この「時間」と「物質」の流れを体感する事に因って生ずる、「歪み」や「錯覚」の感覚表現が素晴らしい。
そして、公園などで良く見掛ける、明治期に制作された「騎馬銅像」…この近代権威主義的且つ没個性的な、そして当時の西洋至上主義の権化の「皮膚」を剥いで、その中に有るべき「真の」芸術性を見せつけるかの様な、等身大立体作品「SP4:The Specter-What wanders around in every mind」と、木の上で両眼を衝こうとしている少女を表現した、木彫の大作「I See All」。

小谷は、日本近代彫刻「死んでいるのに、生きながらえている『ゾンビ』の様な分野」として捉え、この作家が必ず自作中に籠める、時折剰りにも日本的で相反する事項の数々、則ち現実と虚実、伝統と革新、日本と西洋、肉体と精神、表面と内面、機械と骨格、太古と現代、空間と重力、生成と消滅、均衡と破調、視覚と感覚、そして生と死…。これら全て包含し、高次元で表現出来るのは、もしかしたら小谷元彦が「日本人」、そして「京都人」だからでは無いだろうか。

何しろ「百聞は一見に如かず」…「幽体の知覚」を体験して居ない者は、森美術館へ走れ!