世にも不可思議な「地獄」体験。

しかし、寒過ぎる…。

カタログの為、相変わらずの土日連続の休日出勤で有るが、今日は今年一番の寒さだった昨日よりもっと寒く、最高気温は「マイナス4度」で最低が「マイナス12度」である…本当に最低だ(笑)。

さて金曜の晩は、友人S君とジャパン・ソサエティに映画を観に行ったのだが、これが何とも不可解な映画で、ここ数年観た映画の中では恐らく3本の指に入る、「風変わりな」作品で有った。その映画とは、1960年度中川信夫監督作品の「地獄」。

中川信夫と云えば、巷では「エノケン映画」、そして何よりも「怪談映画」の巨匠との事だが、明治生まれのこの監督はTV監督としてのキャリアも長く、子供の頃大好きだった「コメットさん(初代)」や、親の目を盗んで見た「プレイ・ガール」等の演出もしていたらしく、此方の方が筆者に取って身近である。主演は主人公の大学生、清水四郎に天知茂、その婚約者に三ツ矢歌子、そしてこの映画の中で、一際異様且つキッチュな存在感を見せるのが、四郎の学友田村役の沼田曜一である。

本作の制作会社は、今は倒産してしまってもう存在しない「新東宝」と云う会社で、当時「新東宝の『夏』」と云えば「怪談」と相場は決まっていたらしく、中川信夫はその怪談映画の企画立案責任者だったらしい。そう思えば、この「地獄」の内容も多少は理解できる様な気がして来たが、しかしそれも何のその、この作品のキッチュさと不条理さ、かなり無理の有る「アヴァンギャルド指向」は、未だ理解し難いのが現実だ。しかし、鑑賞後にS君とも話したのだが、この映画を観終わった後には、何時も駄作を観た後に感じる怒りの様な感情は何故か無く、それに反して何とも云えぬ脱力感と妙な魅力、と云うか不可思議感だけが残ったのだった。

この物語は大学生の主人公四郎(天知)が、「地獄思想」の研究者で担当教授の一人娘幸子(三ツ矢)と婚約を決めた夜から始まる。この晩、四郎は教授宅でお祝いをするが、友人の田村(沼田)が突如乱入し、脅迫めいた事を教授に云って四郎と教授宅を去る。その帰り道、四郎を乗せた田村の運転する車は酒に酔ったヤクザを轢いてしまい、四郎は自首しようとするが田村の説得で轢き逃げをしてしまう。そのヤクザは絶命するのだが、その母親が車のナンバーを覚えており、息子の復讐を企てる。

そこから婚約者幸子や四郎の母親も含めて、何人もの死人が出続け、この作品は「皆殺し」の様相を呈し始めるが、天知の不吉な顔といったら天下一品で(笑)、本作の前年に制作された中川作品「四谷怪談」の伊右衛門役でスターになり、その後筆者も大ファンだったTV「非常のライセンス」や、晩年の「土曜ワイド劇場」の明智小五郎役等、天知が「ニヒル」の代名詞に為ったのも頷ける…そう、「ニヒル」は「不吉」でなければいけないのだ。

その後話が進むに連れて、登場人物達の過去、愛憎関係や犯した罪が明らかに為り、この映画中の出演者(およそ数十名)が、何と「全員」死んでしまうのだが、それも交通事故、集団毒殺、戦時中水を取り合っての死、転落死、服毒自殺、絞殺など、もう観ていてドンドン気が重くなる(笑)。

そしてその過去の「業」と「罪」に因って、出演者「全員」が地獄に落ち、その責め苦の場面が「延々と」描かれるのだ!またこの地獄の責め苦のシーンが、何ともチープで妙に観念的だったり、スプラッターだが演出が凝っていたりする所もキッチュ。その上最後に、近親相姦の罪と親より早く死んだ罪で、四郎と共に地獄へ落ちた筈の婚約者兼妹が、何と「天使」として現れて、この映画は唐突に終わる…全く以って意味不明である(笑)。

もう一点だけこの映画について特筆するとすれば、上にも記したが、田村役の沼田曜一の「過剰な」演技だろう。この作品での沼田の道化的役回りは、所謂「悪魔」なのだろうが、しかし「天網恢恢疎にして漏らさず」的台詞も多用されることから、「堕天使」的要素も有る様に思った。また、何処か「寺山修司」をこの役者に強く感じたのは、何故だろう…何れにせよこの奇怪極まりない役者は、主役を食い捲くっていたのであった。

監督の中川は、この作品を仏教に於ける「八大地獄」やゲーテの「ファウスト」、ダンテの「神曲」等をモチーフとして、人間の業の深さとその罪の報いを描こうとした事は明らかだが、その表現は如何せん芸術性に乏しい。暗いナレーションと共に人が死に、お棺に入れられ、焼場で焼かれるシーンから始まる余りにも暗い冒頭部や、変としか思えないカット割や挿入シーン…しかし、その点を補って余りある役者達の奇怪な演技、設定のおどろおどろしさ、賽の河原での意外に詩的な映像や安っぽい地獄のシーンでのセット等、妙な見応え充分な「超B級」作品であった。

「Hell's Kitchen(地獄の台所)」に住む「地獄宮殿主」も、「暴食地獄」や「骨董地獄」に「優ちゃん地獄」…地獄行きは避けられまい(笑)。