本当にあった、恐い話。

昨日月曜日、朝起きてみると気温は何と華氏4度(摂氏−15.5度)…一体、世の中どうなっとるんじゃぁ!てな感じの寒さであった。

そして本来ならば、先週末我が地獄宮殿に於いて仲間内で「新年鍋」をする予定で、材料も散々買い込んでいたのだが、拠りに因って我が「プリンセス」(A.K.A."The wife formarly known as Gelgiev's second wife":笑)が大風邪を引き、金曜の夜から急な発熱で寝込んでしまった為に、緊急中止となってしまった…踏んだり蹴ったりである。

で、今朝起きてみると、昨日よりは数段暖かい…と思ったら、また雪である。♪こーなゆきー、まうーきせーつはー、いっつーも、すーれちがいっ♪と、鼻歌を歌いながらオフィスへと歩くブロードウェイの劇場街も、その粉雪で既に真っ白…と云う事で、今日はお知らせから。日本時間1月25日発売、講談社の雑誌「セオリー」内で筆者連載中の「オークションの目玉」、今回は世にも美しい「キクラデス大理石製女性横臥像」である。是非ご一読を。

さて今日は前回「地獄」からの「怪談」繋がりで、かなりの季節外れでは有るが、この気候で只でさえ冷たい背筋をより凍らせるかも知れない、筆者の経験した「本当にあった恐い話」をお届けしたいと思う。

「骨董品」と聞けば、今でも恐がる人がそれなりの数居て、その理由を聞いてみると、陶磁器や漆工芸等の道具類には「使っていた人の念が篭ってそうで…」、武具甲冑には「戦の時の血とかが、染み付いてるんじゃ?」、仏像等の宗教美術品には「祟りが有りそうで…」と云った答えが殆どである。そう考ると、例えば仏画を除く掛軸や屏風等の「絵画」は所謂「純粋鑑賞美術品」なので、直接身に付けたり口に触れたりしない事も有り、それほど恐がる人が居ないのも事実である。

話は数年前に遡る。その年の秋のオークションの出品作品の目玉として、筆者は鎌倉期の素晴しい「仁王像」を獲得した。像高204cm.、台座を含めると230.5cm.にも為る巨大な彩色木彫「吽形像」で、落札予想価格は、カタログ上では「Estimate on request」(問い合わせ)と為っていたが、当時は100万ドル程を予想。何人かの学者も過去にこの作品を検分した際、制作時期は13世紀の後半、作は慶派の仏師に拠る作品と見て略間違いないとの意見を提出しており、高額落札の期待も大きかった。

そして何よりもこの仁王様、日頃これだけ古美術品を扱っていても、気分が悪くなったり、怖くなったりする事が殆んど無い筆者ですら、少々恐ろしく感じる程の凄い迫力の「何か」を持つお像だったのだが、実際当時の売主もその「何か」を感じてしまった為か、何年もそして何回もこの仁王様を売却しようと試みたのだが果たせず、藁をも掴む思いで我々に出品の依頼をして来たのだった。そして、この「恐ろしい」と云う不吉な思いは、図らずも当ってしまったのだった。

事件は、この像の撮影中に起った。さてこの仁王像は、その作品の重要性からしても数多の追加のカットを撮影する事に決定し、それも急を要した。只でさえ忙しいカタログ制作時期、当社のカメラマン達の忙しさと疲労もピーク、そしてこのお像の担当カメラマンで有ったRに「エクストラ・ショット」を頼みに行った時、Rはその多忙さの為非常に不機嫌であった。

筆者と同僚がRを宥め賺して撮影を頼むと、その日のRは余程虫の居所が悪かったのであろう、スタジオに運び込まれた仁王様を前に散々大声で悪態を吐き、「何でこのクソ忙しい時に、俺がこの『F●●KIN' SCULPTURE』を撮らなきゃいならないんだよ!」と、呪われた言葉を連発した。そして我々には、「ライトのセッティングに時間が掛かるから、ランチでも食って、30分後に戻って来い」と吐き捨てる様に告げ、我々は仕方なく簡単な昼食を取りに外へと出かけたのだった。

そして3−40分後にスタジオに戻ってみると、Rの姿が何処にも見えない。変に思ってスタジオに入り、仁王様の脇の床をふと見ると、其処には本体から外れた「寄木造」の仁王様の「髻(もとどり)」が転がっていて、その脇には何と「血溜り」が有るでは無いか!

無人の暗いスタジオに、仄かな明かりを受けて静かに佇む巨大仁王像とその脇の「血溜り」…思い出すのも恐ろしいが、反面何故か異常にシュールな光景でもあった。同僚と共に途方に暮れて呆然と立ち尽くしていると、撮影部の部長が「君達、一体何処に行ってたんだ!大変だったんだぞ!」と叫んで走ってきたので、「何があったんですか?」と尋ねると部長はこう応えた。

「いやぁ、Rがこの像にライティングしようとして、背の高いシャフト付きのライトを動かしていたら、シャフトの先がこの像の髻に当って外れて飛び、Rの頭を直撃したらしいんだ…Rは、たった今救急車で病院に運ばれて行ったよ」…何と云う事だ!そして部長はこう付け加えた。「そう云えばRは、担架で運ばれる時ずっと『I'm sorry…I'm so sorry…』と誰かに謝っていたらしい…何か思い当たるかね?」

あぁ、これは「罰」が有ったのだと直感した。床に転がった、ジョイント部分も含めて全長30cm.は有ろうかと云う仁王様の「髻」を拾い上げてみると、700年前の木材で有るにも係らず、そしてRの頭を直撃し床に落ちたにも係らず、欠け一つ無く、しかも血の一滴も付いていない…。

その後暫く、床の掃除などを手伝っていたら病院から電話が入ったらしく、部長が顔を顰めて再びやって来て云うには、Rは頭を「13針」縫ったと云う…流石に背筋が冷たくなり、ふと見上げた仁王様の顔も、その玉眼が冷たく静かに此方を見据え、今まで以上に恐ろしく見えたのであった。

1週間後、Rが仕事場に復帰し最初にした事は、仁王様の下に行って汚い言葉を吐いた事を謝罪し、祈りを捧げる事だった。そしてそれからと云うもの、この像の前を通るアート・ハンドラーやカメラマンは「全員」、この仁王様に黙礼をして通る様になった。

そして筆者はと云うと、オークション前の下見会の期間中、そして自分が企画したこのお像に関する学者を呼んでのレクチャーの日に、高熱を発してダウン…夜毎魘されていたのであった!おまけにこの仁王様、オークションでは見事に不落札。売主もすわ返品かと青ざめたが、何故か突然ヨーロッパの美術館が「アフター・セール」として購入を希望、そしてこの仁王様は、今でも「東洋のミケランジェロ」の作として、ヨーロッパ某都市の美術館に収蔵されている。

皆さん、もし欧州を旅行していて、訪れた美術館に巨大な「仁王様」が展示されていたら、どうか手を合わせて黙礼をして下さい…宗教美術と付き合うには、そういう気持ちで居る事が、最も肝要なのである。