遠く離れた場所で観る、日本の美術。

今日のニューヨークは、冷たい雨。

北国で被災した人々の事を考えると、寒い等とは云ってられない。ここ毎日家に居る時は、略NHK放送を見続けているのだが、被災者救援・原発事故共々、殆ど改善されていない様に思える。雪が降っている被災地と、暖と食料の無い避難所、そこで毛布を奪い合う子供など、涙無くしては見れない…一刻も早いライフ・ラインの復活を祈念する。

そんな中でも「Show must go on」と云う事で、今年の「New York Asian Art Week」がスタートした。もう何だかんだ云ってられない…やるべき事をやるだけだ。それと平行して、此地に住むアート関係の友人達と救援募金活動を考えていて、数日中にスタートしたいと思っているのだが、この件はまた詳しくお知らせしたいと思う。

さて昨晩は、この期間星の数ほど有るレセプションの先頭を切って開催された、アッパー・イーストサイドに有る若手目利き古美術商、柳孝一氏のギャラリーへ。

多くの人を掻き分けギャラリーに入ると、桃山らしき金地の「天橋立図」屏風が出迎え、その奥には明恵の「夢の記」や其一の掛軸、釜や焼物等が並ぶが、一際眼を惹いたのが室町期の物と思われる「春日厨子」である。この作品は、「春日鹿曼荼羅」に見える様な「神鹿」を描いた絵画と、舎利容器が背中合わせに配置された漆塗の厨子で、扉は逸しているが頗る健全な状態にある。特に「神鹿」の絵画的クオリティはかなり高く、小振りの作品では有るが、誠に以て魅力的な作品であった。しかし、こう云った神仏習合美術と云うのは、本当に日本人の精神的特性に合っていて、「神様、仏様」と云う様に、或る意味神仏に対してすらの博愛精神的な物が感じられ、その精神性の高さと共に非常に「日本人」を感じる分野である。

コレクター、ディーラー、美術館など、ニューヨークの日本美術関係の多くの知人・友人と語らいながら、話は自然と今回の大災害へと向かう。例えば日本現代陶芸の大コレクターであるN夫人は、若い頃仙台に住んでいた事が有ったそうで、今回の惨事に就いて話している内にも、その大きな眼から今にも涙が零れそうであった。

そして今日は、下見会のセットアップをランチがてら抜け出し、MIKA GALLERYへ。この店は東京で「祥雲」と云う古美術店をご主人とやっている、関美香さんの所謂ニューヨーク店である。関さんの専門はやはり仏教・神道美術で、今回の展示も縄文土器から木彫道祖神像、騎獅子文殊菩薩如来来迎の軸物、図像抄等、渋くもセンス有るラインナップである。カタログで拝見したお経が無かったのが残念だったがのだが、「JADA」(Japanese Art Dealers Association)の方で展示されるとの事であった。

ニューヨークで見る日本美術は多々有れども、元々好きな事も有るが、特に祖国がこんな状態の時には「宗教美術」に心を打たれる。それは、クオリティの高い日本の神道・仏教・垂迹美術は、日本人の根本精神を具現化した物が多いからで、元来の自然信仰的神道と中国からの伝来仏教の、見事としか云い様の無い「美しき融和」に因って生まれたからである。そして、この「美しき融和」こそ、日本人の持つ特性の一つでは無いだろうか。そしてそれは、例えば神像が仏像から学んだ仏師に彫られたり、春日曼荼羅図等が仏教を取り込んで垂迹化したりする事に象徴されるのだ。

今回の大災害で、どれ程の文化財が破壊されたかは云うまい…何故なら当然人命の方が尊く重く、その「人」が創った文化財は自然に還ったと見做すが良いからである。日本中が苦しんでいるこの今、厳しい自然の中で長い年月を生き抜いて来た日本人が、畏敬の念と祈りを以て制作し、そしてこれも長い年月を生き抜いて来た日本の宗教美術を、遠く離れたニューヨークで観るその時、今回の被災者への祈りを新たにするのは、決して日本人だけでは無い。

それは日本美術と云うモノが、日本人の「『魂』の為せる技」だからなのである。