メトロポリタン美術館で見つけた「日本」。

悪い予感が当たってしまった…十二代目市川團十郎が逝ってしまった。

思い起こせば、桂屋家が梨園と多少なりとも縁を持ち始めたのは、1985年、当時十代目海老蔵だった成田屋さんが「十二代目團十郎」を襲名した時からだ。

それは浮世絵の専門家だった父が、その時の成田屋さんの襲名の外部委員をしたのが切っ掛けだった。歌舞伎と父の専門だった浮世絵の関係が、歴史的に見ても密接で有る事は云う迄も無いが、浮世絵、それも墨摺手彩色や丹絵、紅絵等の初期浮世絵には、鳥居派の絵師に拠る「瓢箪足・蚯蚓描」と呼ばれる手法を使った団十郎の舞台姿が非常に多くフィーチャーされ、その事からも判る様に、「江戸歌舞伎宗家」としての市川団十郎の人気と名跡は誠に大きく、そしてそれは21世紀の今でも変わって居ない。

勘三郎に続き、團十郎…巨星が次々と墜ち、4月に開場を控えた新歌舞伎座の杮落し公演は、どう為ってしまうのだろう…成田屋の「弁天娘女男白浪」の日本駄右衛門はもう見れない。そして、正直云って歌舞伎の将来が危ぶまれるが、否、吉右衛門菊五郎、孝夫、玉三郎三津五郎染五郎菊之助橋之助、松禄、勘九郎、そして海老蔵が居るでは無いか!

歌舞伎の将来は、残された役者達の強い「思い」に掛かっていると云って良い…挫けず、これからの歌舞伎を盛上げるべき役者達の奮起を、心から期待したい。

さて話は変わって此方はと云うと、休日出勤を重ねた末、3月のオークション・カタログが昨日漸く校了したが、その合間を縫って先週の土曜は、「日本クラブ」メンバーの為の、「メトロポリタン美術館で見つける『日本』」と題された「ギャラリー・ツアー・レクチャー」を開催。

このレクチャーは 、在ニューヨーク日本企業の商工会議所的役割を担う「日本クラブ」が、朝日カルチャー・スクールとの協力関係で実施しているカルチャー講座の1つで、筆者が此処数年行って居る物。

さて、ニューヨークに住み始めた日本人は、余程の美術好きで無ければ旅行で来る時とは異なり、残念ながら美術館自体にそれ程足を運ばなく為ってしまう。この事実は、多くが数年と云う単位で「アートの宝庫、ニューヨーク」に赴任してくる企業人(と、その家族)に取って、その「世界のお宝」を堪能出来ると云う稀なる機会を放棄する、「宝の持ち腐れ的損失」で有ると筆者は考えて居る。

その上、日本と云う国は実に不思議な国で、其処に住んで居ると良く分からないが、離れれば離れる程その良さがジワジワと心に沁みて来て、それは日々の生活は固より、その四季折々の自然や長い歴史、文化芸術に対しての「有り難や」感が強く為って来るのだ。

そこでそう云った方々に、世界に星の数程有る美術館の中でも最高峰に位置付けられるMETの、これまた海外では屈指の日本美術コレクションを持つその「日本ギャラリー」を、筆者の解説付きで見学して頂く事に拠って、今一度世界に冠たる日本の芸術を再認して貰おうと云うのが、このレクチャーの狙いで有る。

さて、此処でもう一点記して置きたいのが、それは上に記した「世界最高峰の美術館で有る『MET』が、何故屈指の『日本美術コレクション』を持っているのか?」と云う事だ。

その理由の筆頭には、先ず「寄贈」が来るだろう…確かにMETで云えば、「マンスフィールド・コレクション」や「パッカード・コレクション」がその日本美術コレクションの根幹を為している事は間違い無く、我々が其処で観る、例えば筆者も愛して止まない狩野山楽の「老梅図」や「金銅蔵王権現像」もその寄贈分で有る。

が、税金対策を含めた「寄贈」だけでは、METに限らず、ボストン、フリアー、ミネアポリス、シカゴ、シアトル、クリーヴランドロサンジェルス・カウンティ、インディアナポリス、ヒューストン等のアメリカの有名美術館が、何故今でも「日本古美術品を購入し、予算を掛けて保管・修復し、館に拠っては専用ギャラリーを作って迄して展示し、観覧者に見せて居るのか?」と云う疑問には答えられない。

そしてその疑問は当に筆者が20代の頃、人生で始めてニューヨークに住み、父の調査に付き添って上記したアメリ東海岸の美術館の倉庫を訪ね歩いた時に持ったそれと同じで、「アメリカと云う国は、何故戦争でコテンパンにやっつけた、東の端の小さな島国の美術品をこんなに大量に持ち、大事に保存し、然もアメリカ人に見せて居るのだろう?」と全く同じなので有る。

その疑問に対する答えは2つ…日本美術は世界の如何なる美術品の中でも、そのクオリティが負けて居ない処か、アメリカの人々に、いやアメリカ大都市を訪ねる全世界の観光客に見せるべき価値の有る、素晴らしい芸術で有るとアメリカ人が考えている事。そして、アメリカ人自身が日本の芸術作品を愛していると云う事だ。

生徒さん達には、そんな事を頭に入れて貰った上で始めたレクチャーだったが、METの日本ギャラリーはこの日から展示が新しく為って居り、今回のテーマは「日本美術に於ける『鳥』」…鶴や叭々鳥、烏や鷹等がギャラリー中を舞飛び佇む展覧を皆で楽しんだ。

土偶や縄文・弥生土器、埴輪等の古代美術から、明恵「夢の記」や神像・仏像、星曼荼羅図、来月の筆者のオークションにも出品される鉄舟徳済や暁斎、沈南蘋や四条派の作品、南蛮蒔絵や是真等の明治工芸迄を説明して歩いたのだが、展示作品中生徒さん達が或る意味一番吃驚したのは、実は「鳥」では無く「動物」、「木造春日神鹿御正躰」で有った。

春日神鹿御正躰」と云えば、細身美術館蔵の金銅製の重文作品が良く知られているが、この作品は一味違う。それは、展示カードに書かれたレンダー名を見れば想像も付くと云う物だが、何を隠そうその所蔵者とは、日本の宗教美術の大コレクター、現代美術家杉本博司氏。

そして「一味違う」理由はと云うと、その「春日神鹿御正躰」の「神鹿」自体と「榊」に拠って上に載せられた円形の「板絵文殊菩薩像」は鎌倉時代の作なのだが、「神鹿」の背中に載る「鞍」と其処から伸びる「榊」は何と現代美術家須田悦弘氏の手に拠る物で、云ってみれば鎌倉と現代の、そして杉本・須田両アーティストの「時空を超えた」コラボレーション作品だと云う事だ。

今METの日本ギャラリーには、全米一の茶人ダンジガー夫妻が寄贈した名和晃平の立体大作、「PixCell Deer #24」が前回の「琳派展」に引き続き展示されている。

日本の現代美術を古美術と合わせて展示するのは、日本美術を所有するアメリカの美術館では今や常套手段と為っているが、本作品の様に時代の全く異なる作品が、2人の現代アーティストのコラボに拠って繋がれ、そしてその「新たに創られた作品」を「夢の記」と「多武峰曼荼羅」の間に置いた、長い付き合いの新任キュレーター、ジョン・カーペンター(レクチャーの途中で、バッタリ!)の勇気に、拍手を送りたい。

メトロポリタン美術館で見つけた「日本」美術…それは、「凄く古くて、凄く新しいモノ」でした!


−筆者に拠るレクチャーの開催告知−(愈々今週末です!)

日時:2013年2月9日(土)午後3時半-5時

場所:朝日カルチャーセンター新宿

講演タイトル:「渋谷の『白隠』と海を渡った『白隠』」

講座サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=188251&userflg=0

展覧会サイト:http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin.html