忙中「閑」有り。

下見会も中盤に差し掛かり、下見に来る人の眼の色も変わって来ている。

さて昨日は、午後から開始の下見会前に、朝はKITANO HOTELにてお茶会にお呼ばれ。

ハーフ・マラソンで封鎖されている道路を掻い潜り、THE KITANOに着くと、最上階までエレベーターで上がる。余りの静謐さに「此処は何処?」な小間の濃茶席に入ると、既に10人程の連客が見え、中には御馴染みのIさんやKさん、紹介頂いた両口屋の女将さんやKITANO社長のKさん、そして席主の茶道具商I氏の顔も見える。

茶室を見渡すと、床には室町期の絵巻断簡、珍しくも素晴しい古銅水瓶の花生や織部の香合が見え、釜は芦屋、水指は伊賀で、中々に力強い取り合わせである。そして、そろそろとお茶が始まった。

主茶碗は大きく豪快な高麗割高台で、元は祭器らしいが、何とも云えぬ大らかさが有り、余りの良さに妻共々生唾を飲み込む。そんな茶碗に合わせる茶杓はと云うと、これしかないだろう、と云いたい位に豪快な普斎作、その銘も「金剛杖」。そしてこの日作りたての両口屋さんのお菓子と、このガチムチ茶碗で飲んだ濃茶は、溜まった疲れを一瞬忘れさせてくれたのだった…ウーム、この茶碗、欲しい…。

その後は席を広間に移し、今度は薄茶を頂く。床には、素晴しい状態の「桃源郷」を描いた伝宗湛作「真山水図」、青磁の花生に可愛い青貝香合、また芦屋釜と特にこの風炉が素晴しいのだが、芦屋八角の珍しい獅子の足付であった。茶碗は御本、織部、志野、ルーシー・リーとバラエティに富むが、個人的にはやはり志野。何とも掌にシックリ来る、品の良い茶碗でした。

お茶を終えると下のレストランに降りて、皆で美味しい点心を頂き、さてさて仕事へとダッシュ。午後からの下見会は、結構忙しく駈けずり回ったので、朝の「閑」は何時の間にか、何処かに消えてしまっていた。そして6時からは、クリスティーズのパーティー。昨晩のパーティーは、例年に無い人の数と活気が有り、来週のオークションの成功を期待させるに充分な雰囲気であった。パーティーでは2時間程顧客達と話し、その後妻と会場を抜け出たのだが、実はそれには理由が有って、それは中学時代の友人に会う為であった。

その友人とは、今演奏旅行中で今晩カーネギー・ホールにて演奏をするN響チェリスト、藤村俊介君(拙ダイアリー:「My Favorite Classics by Japanese Artists」参照)。藤村君と筆者とは中学3年の1年間だけ同じクラスだっただけで、彼はその後音楽に集中する為に高校は桐朋学園に進み、その後も途切れ途切れだが付き合いが続いて、何と無く縁有って筆者の2度(笑)の結婚式でもチェロを弾いてくれたりして、今に到っているのである。

ホテルのロビーで待ち合わせた彼は、相変わらずのイケメンで、若々しい(羨ましい:笑)。タクシーに乗り、フラット・アイアンに在る、最近では秀逸に旨いイタリアンの「C」へと向かう。藤村君に聞くと、何と震災の翌日に成田を経ち出掛けた演奏旅行は、カナダを経てワシントン、そして最終地此処ニューヨークへと辿り着いたそうで、家族の事を心配しながら演奏旅行しているのを考えると、並大抵では無い。出発当日、電車が止まっていたのでタクシーに乗ったが、厨子から成田迄何と12時間も掛かって辿り着いた同僚もいたそうである。

食事中は、昔話や原発話、音楽の話で和気藹々。一番スゴイ指揮者は誰か、オーケストラの派閥(!)、チェリストが車で聞く音楽(最近は専ら「ロック」だそうだ!)等々…この環境下での多忙の中、仕事を離れて、お互い長い友達として何飾らなく話せる事の有り難味を、素晴しく旨いパスタやラム肉等と共に皆で噛み締めた、本当に楽しい夜の「閑」だった。

最高潮に忙しく、原発事故が気に為り仕事に意識を集中できない今日此頃、筆者に取っても「忙中閑有り」の1日と為った。

決戦迄、後2日である。