男達の「夜咄」。

香港から帰ってから信じられない位に忙しく、ダイアリーが疎かに為った…こんな事は滅多に無いのだが。

さてこの秋の香港セールはそれなりの売れ行きだったが、矢張り人気が数点の作品に集中する傾向は続き、価格の「格差」が出た。

が、例えば常玉の「瓶菊」は1億358万香港ドル(約15億3700万円)、朱徳群「雪霏霏」は9182万香港ドル(約13億6300万円)、八大山人「山水花卉册」が3974万香港ドル(約5億9000万円)、董邦達「桃源春曉」が3862万香港ドル(約5億7000万円)、「明宣徳青花海水雙龍紋內暗花龍紋高足盌」が6886万香港ドル(約10億2000万円)、「清雍正青花喜上眉梢抱月瓶」が4590万香港ドル(約6億7800万円)、そして「清雍正琺瑯彩胭脂紅地梅竹紋酒圓」の4086万香港ドル(約6億円)等の高額作品は、未だ保たれる中国高景気を保証したと思う。

そんな香港セールを終え、日本に戻ってからの僕は、仕事の合間を縫いながらも、例えば来年3月15日に「イヴニング・セール」としてクリスティーズ・ニューヨークで開催される「藤田美術館セール」の週に、キタノ・ホテルで開かれる「キタノ大茶会」の打ち合わせに出たり、東京美術倶楽部での正札会を訪ねたり。はたまた歌舞伎関係者と一杯遣って、役者達の近況や歌舞伎の将来を思い描いたり、学生時代の友人のバースデー・ディスコ・パーティーに顔を出して踊ったり…と多忙を極める。

また展覧会サーフでは、21_21 Design Sightで開催中の「デザインの解剖展」へ。巨大な「きのこの山」や「写ルンです」等の間を通り、各商品が佐藤卓に拠って徹底的に「解剖」されるのを「読む」事には知的好奇心がかなり刺激されたが、それには纏まった時間が必要なので、再訪せねば為らない。

そしてお能も観賞…「観世会定期能」では母と「俊寛」、そして「遊行柳」を観る。その2曲の中でも、この日の「遊行柳 青柳之舞 朽木留」は特に素晴らしくて、例えば、

「錦をかざる諸人の。花やかなるや小簾の隙洩りくる風の匂より。手飼の虎の引綱も。ながき思にならの葉の。其柏木の及びなき。恋路もよしなしや。これは老いたる柳色の。狩衣も風折も。風にただよふ足もとの。弱きもよしや老木の柳気力なうして弱々と。立ち舞ふも夢人を。現と見るぞはかなき。」

と云った非常に美しい詞章と、染み染みと寂しくも朗々とした観世銕之丞師の謡と舞を堪能した。

さて今日の本題は、一昨日の夜の事だ…翌日から始まる「藤田美術館セール」の東京下見会の準備を終えた僕は、下見会を訪れた茶の湯者と共に目黒へと急いだ。

茶の湯者とは、今正に計画して居る「大茶会」や「レクチャー」の打ち合わせを兼ねての食事だったのだが、急遽共通の友人であるクラシック・ギタリストを呼ぶ事に。

来年3月閉店を予定して居る、女性シェフの「男らしいイタ飯」を出す「M」に着くと、ギタリストも到着し、男3人は早速「ルッコラ・サラダ」や「イカフリット」、「カラスミ」や「鯵とサフラン」のパスタ、赤牛のグリル等に舌鼓を打つ。

満腹感一杯で食事を終え、茶の湯者の家へと赴くと、茶の湯者は徐に茶の支度を始め、僕等も水を打たれた蹲で手と口を浄めて、いざ茶室へ…。

躙口から入った茶室は薄暗く、手燭が灯されて居る。そして先ずは茶の湯者のご先祖様をお詣りし、床へと進むと、其処には「聴雪」の軸と有難くも珍しい鳥の描かれた香合が置かれ、僕の眼を奪う。

そして、そろそろと茶が始まった…のだが、何時もは薄茶を呈して呉れる茶の湯者が、この晩は何故か、静かに濃茶を練り始めた。

「雪の降る音」が聴こえる位の静寂の中、美しい松籟を聴きながら、茶の湯者の静かで力強い手前を眺めて居る内に丹念に練られた濃茶は出来上がったのだが、さっきまで仄暗い為に良く見えなかった茶碗が眼の前に出された時の驚きを、僕は今でも忘れる事が出来ない。

それはその茶碗が、何故この晩茶の湯者が濃茶を練ったかの理由を僕に詳らかにしたからだったのだが、然し僕を襲った驚愕の余韻は其処では終わらず、その堂々たる茶碗を口に運び茶を啜った後迄続いた…それ程、この晩の濃茶は美味しかったので有る。

その後、久し振りに集った3人の男は静かに濃茶を回し飲みし、茶の湯者が茶室の明かりを少し強めて道具拝見とすると、僕の驚きは茶杓の作者と香合の来歴に迄及んだ。そしてその間、ニューヨークで出会った僕達3人は何故か、然し当然の様に寡黙に為り、ニューヨークでの想い出や帰国以来有ったに違いない様々な出来事を言葉無く共有しながら、素晴らしい茶の余韻に浸って居た。

結果、僕はこの晩飾られた香合の来歴や、吟味された道具での濃茶に因ってこの晩の茶の「意図」を最終的に知り、この晩僕を招いて呉れた茶の湯者の友情に涙が出そうに為ったのだった。

男3人の言葉少ない「夜咄」はこうして終わり、翌日から始まる僕の四半世紀のキャリアの中でも最も重要な仕事と、僕らの友情は完全に祝福された。

茶の湯者に感謝してもし切れない、茶の真髄に触れた一夜でした。


−お知らせ−
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*12月16日(金)19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

*僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務め、「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞した映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://www.shinyawatanabe.net/soulodyssey/ja/)が、好評の為、来年1月21・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにてリヴァイヴァル上映されます。奮ってご来場下さい。