ブラック・レイン。

昨日は日曜日にも関わらず、午後から新幹線に乗って、長い付き合いのVIPクライアントを同僚と訪ねた。
新緑が眼に眩しい山中の顧客の庵は、相変わらず静かで心が和む。昨日の訪問は謂わば「ご機嫌伺い」で、特に生臭い話しは無し…昔話やお互いの家族の話、マーケットの話等に終始する。

1日が終わってみると、極めて気持ちの良い日だったのだが、唯一の後悔と云えば、帰り際に顧客に勧められ、東京で夕食の約束が有ったにも関わらず食べてしまった、非常に美味しい「鰻重」だろう。食べたくは無かったのだが、顧客の命令と有らば仕方が無い…と云って置く。

「鰻重」後、ダッシュで東京に帰るが、約束の7時には30分以上遅れてしまい、新宿駅南口からタクシーに飛び乗り、「新宿区役所」と行き先を運転手に告げる…相変わらずのママチャン中華「G」で有る。

昨晩「G」に集まった面子は、アーティストのN、現代美術キュレーターのSとアート・バーゼルで震災復興の企画展示をするW、アート・コーディネーターのT、アート・ディーラー会社のK、そして2人の建築家、OとSの各氏と、筆者の計8人。

「G」に着くと、今日人間ドックを受けると云う建築家S(前日に酒と中華とは…「悪玉コレステロール」が高く無ければ良いが)を除く全員が既に集まって居た。

店内は「相変わらず」空いていて、我々の他にはあと一組だけ。しかし肝心のママチャンの姿が見えない…こんな事は初めてだったので、すわ病気か?と心配したが、これも初めて見掛ける娘らしき姉御に、「ママチャンはどうした?」と尋ねると、「あぁ、今日はもう帰ったよ!」との元気な声で安心する。

「G」素人が頼んだテーブルに並ぶ料理を一瞥し、追加注文した料理で先ずは乾杯。話題はWが畠山直哉オノ・ヨーコ、インゴ・ギュンター等の作品を展示する「ART-AID:BASEL PROJECT FOR JAPAN」(→www.artaid.jp)や香港マーケット、被災地の環境状況報告、今時の大学生(メンバー中、2人が教えている)等多彩を極めたが、結局「内向きな日本・日本人・日本の美術市場」への絶望感に終始する。

酒も紹興酒に変わった頃、しとしとと雨が降り始め、帰ろうかと云い始めた11時頃には、我々以外誰も客の居なくなった店内から見ると、外は激しい雨に変わっていた。

途方に暮れた、井上陽水並みに「傘がない」我々に、「G」の姉御は「傘、持ってってイイよ」と告げ、「何だったら、『肉饅』持って帰る?」と付け加えた。
あれだけ旨い料理と、何時でも入れる気軽さ、ビニール傘と巨大な肉饅のお土産…これで1人2500円を切る歌舞伎町の「G」の存在は、或る意味「来るべき日本の東南アジア化した姿」と云えまいか…。

そぼ降る雨の中、「ママチャンに宜しくね」と姉御に告げ店を出て、風俗店の呼び込みをかわしながら、歌舞伎町のネオンの下を家路を急ぐ風俗嬢と共に歩いていると、建築家Oがボソッと「『ブラック・レイン』みたいだな…」と呟いた。
放射能を含んでいるに違いないこの雨の下では、云い得て妙、で有った。