「黒の遺構」と、顔の映らない鏡。

ドルが75円台に突入し、戦後史上最高値を記録した。
アメリカから日本に、ドルを持って来ている者に取っては苦痛の一言だが、此れは日本の輸出産業に取っても同様で、1ドル70円の予想も出る中、政府は早急に手を打たないと、大変な事に為りかねない。

そして金も最高値…株式に投資された金が引き揚げられ、「紙屑」に為らない金や美術品に流れている。此れはクリスティーズの本年度上半期の売上が、史上最高だった前年同期を再び15%上回って居る事が、証明しているのでは無いか。

日本政府は、この状況を決して甘く見てはならないと思う。

さて一昨日、妻の実家の在る、山口県の萩にやって来た。

その朝の羽田空港で、血圧が200を突破しようかと云う程の、発狂寸前の事件が有り、今回の萩帰省、そして萩から出掛ける屋久島旅行の雲行きを、非常に怪しくした。

が、ショックは大きかった物の何とか乗り切り、萩に着いてみると、東京程の湿気も無く、田舎独特の匂いや蝉の声に心を癒される。
迎えに来てくれた義姉の車に乗り込み、萩市内に入ると、先ず目指したのは、海水池である明神池畔に佇む「いそ萬」。

此の「いそ萬」は、こう云っては何だが、何て事は無い所謂「飯処」なので有るが、此処の新鮮な魚介類は抜群に美味しい。

「朝の事件で振り切った血圧を下げるには、もうコレステロールしか無い!」と皆に宣言し、「今日こそは絶対に『ウニ丼』を食ってやる!」と心に誓っていたが、「いそ萬」に着き、いざ池を見下ろし、トンビの群れやのんびりと池を泳ぐエイを見て居たら「正気」を取り戻し、メルト妻の怖ろしい視線を無視して注文したのは、「ウニ丼」では無く、「イカイカウニ丼」…我ながら大人になった物だと思う(笑)。

食後、妻の実家で挨拶を済ませると、山口県立萩美術館浦上記念館へ…そして学芸員のIさんに案内された陶芸館で、「黒の遺構」と題された素晴らしい作品を観たのだった。

この作品は、妻の叔父である三輪和彦氏に拠る、白や黒、金色の陶製オブジェの林立する、巨大な「神殿柱」の様なインスタレーションである。

「陶芸館」の良い所は、大きな作品を上からや横から観る事が出来る事で、この「黒の遺構」も、上から横から、そして床から見上げると云う3種の鑑賞が可能で、その方向によって当然作品の趣も異なる。

この「黒の遺構」は、例えばシシリーのロンダのギリシャ遺跡、或いはストーン・ヘンジを思わせる、豪快では有るが、或る種神秘的な作品として映り、その荒々しい肌や表面に残る亀裂、上からのみ見る事の出来る「鎹」等、これ等の作品が生まれ出る時の「火の記憶」(これは、この作品をフィーチャーした、ビデオ作品のタイトルでも有る)を、観者にまざまざと見せつけるのだ。

この謂わば「陶柱に拠る神殿遺構」の間を歩いていると、何故かその「柱」に無性に触れたく為る。この欲望は、恐らく人類の「過去」への憧憬を擽る何かが、恰もフェロモンの如くこの作品から醸し出されて居るからに他ならない…豪快で、静かな迫力溢れるインスタレーションで有った。

萩2日目の昨日は、本年取って102歳の妻の祖父を訪ねた。

「夏場の食欲は、如何ですか?」と聞くと、「人間食欲が無くなったら、お仕舞いじゃのう」と返され愕然(笑)。お元気で安心したが、こちらの食欲はと云うと、昼は「どんどん」(うどん)、夜は萩の秘境とも呼びたくなる様な奥地に在る、何ともベトナム的な、しかし最高に旨い鮎専門店「竹泉」で「鮎尽くし」と、旨い物三昧…特に、この「竹泉」の鮎塩焼きと鮎フライは、超絶的に美味かった!

そして今朝、顔を洗いに洗面所に行き、何時もの様に鏡の前に立つと、此れも何時もの様に、その鏡に自分の「顔」が映らない。

何故なら、この鏡は純日本人体格用に取り付けられているので、背の高い筆者の顔は切れてしまい映らず、己の首から下の醜い肉体が映るのみなのだ…或る意味、非常にシュールな絵では有るが(笑)。

こんな所も微笑ましい萩を後にし、今日はこれから「南」へと向かう。