「1%」の為のアート、或いは「99%」の為の「宝物」。

「冬時間」が始まったニューヨーク…今日開催される「ニューヨーク・シティ・マラソン」の走者達も、何時もより1時間多く寝られた訳だから、良い記録が出るのではないだろうか。

ラソン等には全く興味が無く、出ても途中棄権が「関の山」な筆者の昨日は、各オークション・ハウスの「現代美術」下見会巡り。

そこで先ずは、クリスティーズ

「Peter Norton Collection」や、カイカイキキと共催する東日本大震災救援チャリティー・オークション、「New・Day」の作品を含むラインナップは強力で、最高値のリキテンスタイン「I Can See The Whole Room ! and There's Nobody in it !」(3500万ー4500万ドル)や、ロスコの大作「White Cloud」(1800万ー2500万ドル)を始め、ベーコン、デ・クーニング、ウォーホル等の名品が目白押しで有るが、個人的に最も注目した作品は、何と云ってもつい最近グッゲンハイムで展覧会が始まり、この展覧会を以って何と「引退」を宣言したマウリシオ・カテランの作品「Untitled」(60万ー80万ドル)だ!

注意して観覧していなければ簡単に見逃してしまう、この極小サイズの作品は、展覧会場のホワイト・ウォールにインストールされた、人の「腕」程の大きさの2基の「エレベーター」で有る。

この小ささには本当に驚くが、その上このエレベーターは何と「動く」のだ!脇に付いた本当に小さなボタンを押すと、エレベーター上部の階表示のライトが点滅し、エレベーターが上昇或いは降下してくるのを表示する。そしてエレベーターが到着すると、「ポン」と音がしドアが開くと、中もきちんとした空洞の「エレベーター」なのである。この物凄く精巧に出来た、云わば「ハムスター用」的なカテランのエレベーターは、何とも遊びに満ちていて楽しい。お金が有ったらM女史とD氏にプレゼントしたい位である(笑)。

カテランの感動を引き摺りながら、今度はサザビーズへと向かう。そしてそのサザビーズに着いて見ると、其処は大変な事に為っていた。

それは下見会にも関わらず、玄関や会場に居るセキュリティーの数が尋常では無く、その上入場者全員が「写真入ID」の提示を求められて居て大混雑していたからで、後で聞くと、数日前の印象派のセールの際、それなりの出で立ちをした女性が入場したが、どうもその女性は今ダウンタウンでプロテストしているメンバーの一人だったらしく、「格差廃絶」や「贅沢品」を売るサザビーズの糾弾を大声で叫び始め、「1%」の為のオークション等止めてしまえ、と訴えたそうだ。その後その女性を取り押さえるのが大変で、一時会場が騒然した事が、この日の厳重警戒の理由らしい。

サザビーズは「ユニオン」(労働組合)と非常に揉めていて、その事も微妙に絡んでいるらしいが、それでは何故「格差」を叫ぶ人々がクリスティーズやフィリップスに(今の所)来ないのかと云うと、それはサザビーズが株式を公開している「パブリック・カンパニー」だからで有って、クリスティーズやフィリップスの様に株式を公開していない「プライヴェート・カンパニー」では無いからだ、とは友人のフィリップス現代美術スペシャリストJの談。

さて、何とかその混雑をやり過ごし、エルトン・ジョンのAIDSの為のチャリティ・オークション作品等も展示されて居る会場へと向かう。今回のサザビーズのトップ・ロットはクリフォード・スティルの「1949-A-NO.1」で、何と2500万ドルー3500万ドルのエスティメイト…この他にも高額のスティルが数点一度に出品されていて、それ程重要な作品群なのだろうが、正直「売れるのか?」と思ってしまったが…結果が楽しみである。

多すぎる警備員を掻き分ける様に観た作品中(しかし本当に落ち着いて観れない…何とか為らないのだろうか?)、筆者の一押しは「やはり」ベーコン。この「Three Studies for a Self-Portrait」(1500万ー2500万ドル)は「三枚続」で、ベーコンの真髄を感じられる逸品…必見であろう。

混乱のサザビーズを後にすると、素晴らしい天気の中、今度はパーク・アヴェニューのフィリップスへと歩く。

友人のスペシャリストJに迎えられ、今回の目玉商品であるトゥオンブリーの「Untitled 2006」(800万ー1200万ドル)や、「2011 Guggenheim International GALA」のベネフィット・オークション作品などを観る。しかし最近、何故か「チャリティー・オークション」が流行らしく、オークション・ハウス1社がやり始めると、他社も競う様に遣り始めるのは何故だろう…。

此処での「PART I」を観終わると、タクシーでチェルシーのフィリップスに移動し、「PART II」を下見。

実はどのオークション・ハウスでも「PART II」の作品は、個人的には或る意味「PART I」より真剣に観ているかも知れない…それは価格的にも「買いたい!」と思う作品が有るからなのだが、やはり美術品は「買う」事に拠って見方も大分変わってくるのだ。

かなり「気に為る」作品をゲルゲル妻と検分した後は、現代美術家杉本博司氏とギャラリスト小柳敦子さんのカップルと、氏が数十年前の開店から来ていると云う、ソーホーの老舗日本食店「O」でディナー。

これからの日本古典芸能の話や、最近のギャラリー・マーケット事情、勲章の「効用」に就いて等を、美味しい食事と共に楽しむ。上で少し述べたカテランの話の時、筆者もその作品でカテランを知り、嘗てクリスティーズで売却した事も有る、有名な「落ちてきた隕石に激突され、倒れて居るローマ法王」作品(「La Nona Ora, 1999」)の話に為ったが、カテランはその作品のアイディアを、杉本氏の「蝋人形シリーズ」の作品の1つである「ローマ法王」を偶然雑誌で見て、思い付いたのだそうで有る…「アートの伝播」とは本当に不思議で面白い。

そしてこの晩、我々に取っては「宝物」としか呼べない、或る非常に貴重な「作品」を杉本氏から頂いた…それは我々がお手伝いさせて頂いた「今冥途」での茶会(拙ダイアリー:「『雪の日に、茶事をせぬは…』:茶室披き@『今冥途』」参照)に関わる「作品」なのだが、それは「秘宝」として内緒にしておこうと思う。

その「作品」を拝領しお礼を申し上げた時の、氏の「どう致しまして…でも、売っちゃダメだよ(笑)」の言葉には皆爆笑したが(と云うか、この「作品」は、他の人は全然欲しくないだろうし…)、普段氏が公言している或る事柄の「例外」と云えるこの貴重な「作品」が、桂屋家の新たな「家宝」と為った事は云う迄も無い。

「99%」にも「宝物」は時折降って来る…本当に楽しく嬉しい一夜でした。