ステファンの「完璧な音」。

一昨日の朝、サンフランシスコのホテルでNBCを観ていたら、物凄いサーフィンのシーンが突然映し出されて、吃驚した(→http://m.youtube.com/watch?desktop_uri=http%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3D8DIsjgZoLO0&v=8DIsjgZoLO0&gl=US)!

話を聞くと、此れはポルトガル沖の小島での映像で、記録された「サーフ・タイド」としては、史上最大の波(90 feet=約27.5m)だそうだ。

番組では、この恐るべき波を見事に「乗り」切ったマクナマラ氏が、アナウンサーにテレビ電話インタビューをされていたのだが、彼は良い歳のオッサンで、別にマッチョでも若いハンサム・ガイでも無く、何とも「ダウン・トゥ・アース」な感じ。

そして如何にも「『経験と技術』、波乗りへの『愛』で以て、あの波に乗りました」感が、これまた肩に力が全く入っていない形で見えて、非常に好ましかった(笑)。

筆者の青春時代のバイブル的映画、「ビッグ・ウェンズデー」を地で行く様な話だが、あんな大波に乗って無事生還したなんて、「事実は小説よりも奇なり」とは、当にこの事だろうと思う。

さて、そのサンフランシスコでは、何人かの顧客に会いつつも、「サンフランシスコ・アジア美術館」主催の「San Francisco International Forum of Art Museum Directors on Asian Art」のランチョンに出席。
この長いタイトルのフォーラムは、全米のみならず環太平洋のアジアの国々の、アジア美術に関わる美術館の館長やシニア・メンバー達を招待し、アジア美術を持つ美術館同士の交流や意見交換、美術館運営等を話し合う事を目的とする数日間の企画なのだが、その中の1日の「ランチ」をクリスティーズがスポンサーし、ニューヨークの中国美術部門、東南アジア美術部門の同僚ディレクターと共に出席したので有る。

アメリカ、日本、韓国、中国、東南アジア各国の有名美術館の館長達の顔触れは豪華だったが、筆者の左には韓国中央博物館館長のK女史、右には某大コレクターの娘さんが座り、その他同じテーブルには東博のE女史やSFMOMAのディレクター等、楽しく多彩な顔触れだった。

そんなこんなで、「ダブル時差ボケ」の中、昨日日本に到着…そのNH007便機内で、非常に興味深くそして或る意味筆者的には気合いの入る、また上で触れたマクナマラ氏にも通じるで有ろう「経験と技術と愛」の映画を観たので、今日はその作品の事を。

その映画とは、2009年度オーストリアとドイツの共同制作、音楽ドキュメンタリー「Pianomania」で有る。
「ピアノマニア」と云うタイトルだが、この作品の主人公は、画面に登場するラン・ランやアルフレート・ブレンデル、そしてピエール=ロラン・エマール等の世界超一流のピアニスト達では無く、ピアノ・メーカー「スタインウェイ」の調律師、ステファンで有る。
そしてこの作品を観ると、我々が普段聴いて感動しているクラシック・ピアノのライヴやCDが、決してピアニストの才能や技術だけで完成された「アート」では無い、と云う事が良く判る。

曲の内容や生まれ持った歴史、ピアニストに拠る一音一音の厳しい「音色」のリクエスト、そして「スタインウェイ」が「ハンドメイド」で有るが故に(スタインウェイには、製作された「通し製作番号」が全ピアノに付いている)、各ピアノが持つ様々な「個性」と戦いながら、「完璧な音」を作って行くステファンの姿には純粋に感動を覚える。

が、しかしそれにも況して感心するのは、どんな無理難題を抱えさせられた時でも、ユーモアを忘れない彼の姿で、「完璧な音」を作る職人としての誇り、そして「音楽」と云う芸術に対する愛情と、その芸術と共に日々生活していると云う「悦び」に充ち充ちていて、非常に共感を覚えたので有った。

経験、技術、誇り、そして愛情…「好きこそ物の上手なれ」、とは良く云ったモノだ。

日本での「モノ探し」の直前、自分がアートと歴史に携わる仕事をし、日々芸術と生きている事への感謝と悦びとを、改めて感じさせられた作品で有った。