大統領選時に「利休」を観る。

ドナルド・トランプが大統領選を圧勝した。

ヒラリーが負けた事には確かに驚いたし失望もしたが、2大政党に因る揺り戻しや変化を求めての「これが、アメリカなのだ」感も有ると同時に、英国のEU離脱決定の時と似た、何処か「成る程」感も有る。

それは今回の選挙の年齢別獲得票を見れば明らかだが、中年世代以上がトランプを支持して居て、これは英国国民投票時と同じ…要は「良かった昔に戻りたい」票では無かろうか。加えて支持する候補が居らず、「トランプが嫌いだから、ヒラリーに入れた」人よりも、「ヒラリーが嫌いだから、トランプに入れた」人の方が圧倒的に多かったらしいから、ヒラリーが同じ民主党支持者(バーニーの支持者)や、一般の女性有権者にも徹底的に嫌われて居た所以だろう(あれだけ女性蔑視発言をして居たトランプと、女性からの得票率は拮抗して居るのだから)。

投票日当日、僕は夜通し速報番組を見て居たのだが、その夜最も印象的だったのは、トランプがヒラリーからの祝福電話を受け、家族共々勝利宣言スピーチの為に壇上に向かう際のトランプの顔だった。何故なら彼の顔は苦戦の末の勝利にも関わらずパッとせず、何時もの強気で傲慢な面は片鱗も無く、云ってみれば「ヤベぇ、勝っちゃった…どうしよう…」と云う風にさえ見えたからだ。

それは、若しかしたらトランプはどうせ決戦では負けると思って居て(決戦迄来ただけで、充分元は取れるし、将来も儲かる)、が故に、其れ迄の1年半暴言やパフォーマンスを繰り返して来たのでは無いかと正直思った位で、その意味では先日当選後初めてオバマと会見した時の「猫」振りも理解出来るが、此の様に当選後豹変すると為ると、暗殺の危険性を含めてこれからが余計心配に為って来る。

が、それでもダウ株価は最高値を叩き出し、公約の1つで有る富裕層への減税は、金がより大きな投資(当然「美術品」も含む)に向かう可能性を十分に秘めて居るので、これも支持された理由の1つで有る事は理解出来る…なので「隠れトランプ」為る人々は実際隠れて等居らず、英国EU離脱の時と同様、僕の周りにはちゃんと存在して居たのだ。

さて、今迄アメリカ大統領選の敗者はその敗戦スピーチに於いて、勝者を「これからは彼(勝者)が私達の大統領だ」と云って来た…あのトランプにですら、で有る。でも其処が僕には凄く羨ましくて、ウニャウニャした選挙制度国民投票も経ずに政治の長に為り、勝手な事ばかりして居る我が国の首相より余程マシで気持ちが良いし、羨ましい(序でに反トランプ・デモも、韓国の反朴デモも羨ましい)。

これで強行採決したTPPも今の所意味が無くなり、赤っ恥の首相には良い薬…そして日本の堕落を阻止するには、選挙制度と教育の改革が真っ先に必要だと云う事を云って置きたい。

その選挙で大わらわだったニューヨークの美術界は、秋のメイン・シーズンに入り、オークションハウスでも近現代美術の下見会が始まった。今回はスーパー高額作品は無く(今となっては、2−30億円位では「スーパー高額作品」とは云わなくなった…嘆)、ここ数年でも大人しい感じだが、はてさてトランプ効果が早々と出るや否や…。

そんな中僕はと云うと、海外での販路拡大を狙って東京都の職員が連れて来た、伝統工芸の職人さん達にクリスティーズを案内し、その後彼等のプレゼンをアジア・ソサエティーの人やデザイナー等4人と聞いて評価したり、アート・フェアのレセプションに出席したりして居たが、仕事に関しても素晴らしいニュースが飛び込んで来た。

それはここ数年顧客から預かって居た高額日本美術作品が、日本の某公立美術館に購入決定された事で、この「日本の『公立』美術館に因る『直接』購入」は、クリスティーズ史上如何なる美術品でも恐らく初めての事(少なくとも東洋美術では初めて)。それが今迄叶わなかったのは、購入に関する稟議や評価委員会等で時間が掛かる事や、ドル建ての会計等が原因だったのだが、今回あの手この手で漸く成立に漕ぎ着けた。

詳しくは云えないが、この作品は購入決定をした美術館の文字通り「大目玉」に為る作品…そしてこの仕事は僕のキャリアの中でも、当然「初めて」の事なので非常に誇らしいし、長く辛抱して頂いた持主の顧客にも、これで面目を果たす事が出来た。皆様に感謝、感謝で有る。

と云う事で、本題…時差ボケで夜中に起きて仕舞った時間を使って、日本から持ち帰ったDVD「利休」を観た。

1989年勅使河原宏監督の名作「利休」は、当時の日本の芸術の粋を集めた、豪華且つ品格の高い作品で、先ずはスタッフが凄い…原作:野上彌生子、脚本:赤瀬川原平、音楽:武満徹、衣装:ワダエミ、建築監修:谷口昌生、茶道具監修:林屋晴三、装飾監修:高津利治。

因みに装飾監修の故高津利治氏は時代劇等で装飾を担当する「高津商会」の2代目で、京都「高津古文化会館」の前館長…その「ホンモノ」の大コレクターが劇中使われる美術品の担当をするのだから、ホンモノ志向に決まって居る(劇中登場する「柳橋図屏風」や軸、織部茶碗等もマジに素晴らしい)。

そしてキャストも然り。三國連太郎山崎努と云ったプロの映画俳優陣は云う迄も無いが、各界からの出演者がこれまた豪華で、梨園からは幸四郎吉右衛門橋之助(現芝翫)・八十助(故三津五郎)・獅童、日本舞踊からは三代目花柳寿楽(青山裕一)、能楽界からは観世栄夫、美術界からは元永定正・飯田善國・堂本尚郎細川護煕、その他花師の栗崎昇、現MIHO MUSEUM館長の熊倉功夫、モデルの山口小夜子迄、本業で無くとも演技も無難な上に、何時どの場面で登場するか分からないので、如何なる「日本伝統文化芸能数寄」も画面から眼が離せない。

そんな「利休」は、有名な「朝顔」のエピソードから始まり利休自刃迄を描くが、利休に纏わるエピソード総浚いの中でも、長次郎や等伯と云った同時代アーティストの登場も日本美術ファンには嬉しい。

またこの「利休」が公開された1ヶ月後には、熊井啓監督のもう一つの利休映画「千利休 本覚坊遺文」が公開されて居るが、本作品の方が熊井作品よりも全体的に芸術性が高くて画面構成も美しく、最近の「利休にたずねよ」を含めた三利休物、即ち三國・三船・海老蔵の中でも、やはり三國の利休が最も本物の利休像に近かったのでは無いかと思う。

序でに「お茶繋がり」で云って置けば、来年4月東博で待望の「特別展 茶の湯」が開催される。この展覧会では名碗・名器は勿論、近代の数寄者の四大巨人、即ち藤田香雪・益田鈍翁・平瀬露香・原三渓の「眼」も取り上げるらしく、これも楽しみ過ぎる。

然し今回の大統領選の時期に、偶々僕が「利休」を再見して思ったのは、桃山時代の日本と21世紀のアメリカの違いは有れ、政治に於いても「お茶」の力は偉大だと云う事(共和党ティー・パーティを思い出した)、そして一国を統治するのは並大抵では無い、と云う事だったのでした。


−お知らせ−
*12月14日(水)19:00より、青山の岡本太郎記念館にて開催される「舘鼻則孝 呪力の美学」展のアーティスト・トークに登壇します。詳しくは→http://www.taro-okamoto.or.jp/event/index.html

*12月16日(金)19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf

*僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務め、「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞した映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://www.shinyawatanabe.net/soulodyssey/ja/)が、好評の為、来年1月21・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにてリヴァイヴァル上映されます。奮ってご来場下さい!