北国からの「暖かい声」。

筆者が崇拝する、2人の現代美術作家の素晴らしいセール結果がロンドンから届いたので、今日はその話題から。

先ずは昨日ロンドンで開催された「現代美術イヴニング・セール」で、敬愛すべきフランシス・ベーコンの大作「Portrait of Herietta Moraes」が、2132万1250英ポンド(約26億2000万円)で売却された!セール全体ではロット・ベースで89%、ヴァリュー・ベースで95%、総売り上げは8057万6100英ポンド(約99億1000万円)と為り、現代美術市場の相変わらずの強さを見せ付けた形と為った。

序にトップ・テン入りした作家を見ると、ベーコン、マンゾーニ、フォンタナが2作品ずつ、その他リヒター、ド・スタール、クライン、そしてワールド・レコードを記録したクリストファー・ウールと為っていて、「如何にも、ロンドン」な結果である。

そして、今日行われた「The Painter's Proof: Etching by Lucian Freud form the Studio Prints archive」のセールで、こちらも愛して止まない作家、ルシアン・フロイドの「Eli, 2002」が版画としてのアーティスト・レコード、14万5250英ポンド(約1784万円)で落札された。

流石、ベーコンとフロイド…何時の日か「欲しい」作家である(一生どころか、「三生」掛かっても無理だろうなぁ…涙)!

さて一昨日月曜日の夜は、アメリカ人の友人Mの情報により、アッパー・ウエストの教会で行われた、或るコーラスの「フリー・コンサート」を聴きに行った。

場所はアムステルダム・アヴェニュー沿いに在る、「West Park Presbytarian Church」と云う教会。聞き慣れない名前で、筆者も初めてこの宗派を知ったのだが、「Presbytarian(長老教会)」とは16世紀の宗教改革者カルヴィンの流れを汲む、ヨーロッパ発祥のキリスト教宗派の1つらしい。

そして我々が聴きに行ったその「コーラス」とは、「Graduale Nobili」…このコーラスは、アイスランドを拠点とする女性のみのコーラス・グループで、現在ニューヨークで公演中の「ビョーク」と共演しているとの事。

ビョークの事を知らない人は居ないと思うが、年の為簡単に説明しておくと、彼女はアイスランド出身のシンガー・ソング・ライターで、現在は現代美術家マシュー・バーニーのパートナーでも有る。彼女の音楽は世界各国、様々なジャンルからの影響を受けているが、例えば先日亡くなった石岡瑛子に自身のヴィデオの監督を依頼したり、ファッションでは川久保玲、写真ではアラーキー、小説では三島を好んで読む等、日本文化にも精通している。また、主演した「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でカンヌ映画祭で最優秀女優賞を獲得しており、その幅広い独自なアートが世界的に評価の高いアーティストである。

会場に着くと、Mやトロンボーン・プレイヤー、ジュエリーやインテリア・デザイナー等の友人達も来ていて、教会の中の席も結構埋まっている。そうして居ると、赤と黒のドレスを纏ったコーラスがコンダクターと共に入場してきた。

総勢20人の若い女性で組織されたコーラスは、北欧らしく眼の覚める様な白い肌や金髪の子が多く、眼にも優しい(笑)。パンフレットを見ると、裏面に彼女達の写真と名前が記されているが、皆須らく「苗字」が非常に長く、とても発音出来そうに無い…(笑)。以前友人に教わったのだが、アイスランドの人々の苗字は「誰々の娘」とか「誰々の息子」と云う意味だそうで、歴史的にドンドン長くなって行くのだそうだ!流石冷蔵庫を「物を冷やす」為に使わずに、「解凍する」為に使う国民である(笑)…そしてコンサートが始まった。

トラディショナルなミサ曲から現代曲迄、バラエティに富んだ全15曲・1時間余りのコンサートだったが、特に素晴らしかったパフォーマンスが2曲有って、先ずはホルスト作曲の「アヴェ・マリア」。前の曲が終わると直ぐにコーラスが退場し、休憩かな?と思っていたら教会の2階席に左右に分かれて現れ、指揮者が1階の中央で指揮をして歌い始めたのだが、彼女達の美しい歌声は左右上方から観衆に降り注ぎ、恰も美しい「声の洗礼」を受けている様な気分に為れた。

そしてもう1曲は、去年作曲されたばかりの「Fuchs, Luchs, Echse, Ochse, Lachs, Dachs(狐、山猫、蜥蜴、牛、鮭、穴熊)」で、非常にローカル色の強い民族的な曲なのだが、この曲を作曲したアーティストManu Delago自身が「ハング(Hang)」(→http://youtu.be/hJoy-S8v1c0)と呼ばれる、一見中近東か何処かの古い民族楽器に見えるが、実はスイスの会社が製造していると云う「空飛ぶ円盤」状の非常にユニークな楽器で参加し、コーラス達も「リヴァー・ダンス」の様なストンピングや手拍子を用いての、現代的で幻想的な素晴らしいパフォーマンスで有った!

そして今回、この心が洗われる様な、そして独創的な「Graduale Nobili」のコーラスを聴いて思った事が有る。

それは、「死」と云う物は、人間が絶対的に飲み込まねばならない「大きな氷の塊」の様な物で、キリスト教に於ける「讃美歌」とは、それを少しでも暖め、小さくし、飲み易くする為の暖かな「解凍装置」では無いか、と云う事だ。

北国アイスランドの女性達の「暖かい声」は、将来筆者が飲み込まねば為らない「塊」を、ほんの少しだけ溶かしてくれた様な気がした。

明日から再び、日本出張で有る。