「1億5千万年」の値段。

吉田秀和氏が亡くなった。
中学に入った頃から読みふけったクラシック音楽論のみならず、この人の芸術論やエッセイに、一体何れだけ感銘を受け啓蒙された事だろう。享年98と聞くが、分け隔て無く、如何なる芸術の神に捧げた人生を、非常に羨ましく思う。ご冥福をお祈りしたい。

さて先週末土曜日は、母と亡き父の50回目の結婚記念日、所謂「金婚式」で有るべき日で有った…が、父が4ヶ月前に急に逝った為、母が家族と親しい友人を招いてのランチを代官山の「O」で開く事に為り、その会に出席する。

夜は夜で、近所のベルギー・ビール・バー「B」に赴き、建築家O兄弟や文化人類学者H、バス会社勤務のNの各氏等、地元の煩さ方と長談義。

緑の党はどうなった?」の中沢新一や、「差別リツイート」や「相互監視発言」が、全く以て言語道断な自民党某女性代議士、不正受給(?)で糾弾の河本、「ヒアアフター」がマジ素晴らしかったイーストウッド監督、「流失と消失」等、酔いも手伝って喧々諤々…店長Aさんの可愛い顔が徐々に固く為って行くのを見て、夜中過ぎに漸く解散と為った。

そして昨日は、朝から活動。先ずは目白駅の直ぐ側で開催された、「2012春 目白コレクション」へ…全国から集まった、46店の骨董屋さんで構成された骨董フェアで有る。

比較的廉価な東洋・西洋骨董が集まり、内容も仏教美術や生活骨董、イコンや裂迄様々で、見ていて楽しい。

そんな中、立ち寄った旧知のK君のブースには、元は元興寺の門扉の柱だったと云う、一見男性器にも見えない事も無い、渋い鉄味の「鉄掛花入」が有り、かなり心が動いたのだが、ゲル妻の顔が浮かんだので断念し(笑)、目白を後にした。
その足で向かったのは、上野…しかし、行ったのは東博でも西洋美術館でも、はたまた芸大美術館でも都美館でも無い、国立科学博物館

何十年振りかの科博訪問の目的は、現在開催中の展覧会「縄文人展 芸術と科学の融合」を観る為。そしてこの展覧会は、科博とクリエイターとのコラボレーション・エキジビションと為って居るのだが、そのクリエイターとは、写真家上田義彦氏とグラフィック・デザイナー佐藤卓氏のお2人で有る(拙ダイアリー:「『屋久杉』と『桜』の現代茶会」参照)。

会場は、中央に展示された2体の縄文人男女の「骨(全身)」を中心に、佐藤デザイン、上田撮影の美しい「骨」の写真が並ぶ。

そして頭蓋骨や手足、歯や骨盤等、「骨」がクリエイター達の手でアートと為る事に因って、奇妙な事に、まるでその「骨」の持ち主を知っていたかの様な、既視感若しくは親近感を覚える。

それは、特に縄文男子の方が、骨格から推測すると背丈が170cm.も有ったらしく、体の大きい自分がまるでこの縄文人の末裔では無いかと、勝手に思い込んだからなのかも知れない。

アートと為った「骨の履歴書」と実際の「骨」が、人類学者のみならず、この科博を訪ねる子供達をも魅了するに違いない、美しい展覧会で有ったのだが、そしてその帰り際、ふとミュージアム・ショップに立ち寄ってみた。

子供や家族連れで溢れる店内を徘徊すると、その一角に化石・隕石売場を発見し、驚く…こんな所で「本物」の化石や隕石が売られて居るなんて!そして更に驚くべきはその価格で、「三葉虫」や「マンモスの歯」等が数千円で売られて居るのだが、この価格、安過ぎでは無かろうか?

結局、目白で「元興寺門扉の鉄掛花入」を断念した筆者は、「ウ〜ム、欲しいっ!」と眼を爛々と輝かせながら、子供達を押し退けて化石と隕石の全商品を実見、そして最終的に選んだのは、ジュラ期後期(約1億5千万年前)の小さな、しかし形の美しく整った「アンモナイト」の化石で有った。

レジのお姉さんに、「コレ、本物なんですよね?」と何度も念を押し(こう云う時に、顧客の気持ちが分かるのだ:笑)、呆れられ苦笑された末に払った金額は、何と税込「1,575円」ポッキリ。しつこい様だが安い…安過ぎる!

たった1,575円で買った、1億5千万年と云う「時」の証(10万年=1円!)…この値段なら、ゲル妻も文句は云うまい(と信じたい)と胸を撫で下ろしながら、購入したアンモナイトを撫で愛でた筆者は、今羽田空港のラウンジ。

これから、半年振りの香港へと発つ。