真贋の前衛者、赤瀬川原平の死。

ニューヨークも秋が深まって来たが、今年の秋は何と無く長く、この街の最も美しい季節が長いのは嬉しいのだけれど、何処かほの悲しくも有る。

そんな中昨日は、義姉の陶芸家三輪華子の自作茶室「Hanako's Teahouse」を使ってのデモンストレーションが、ジャパン・ソサエティで開催された。

彼女の2つのポータブル茶室は、スーツケース2個に収まる全てエコな素材(木・竹・布等)で組み立てられ、その茶室内ではアーティスト自作の茶碗や他のアーティストとコラボした茶器、銀の茶杓、掛物等で点てられた茶を3人の客(もう1つは「一客一亭」)が頂き、他の数人が茶室の外でマヨンセの点前を観ながら点て出しを頂く、と云う趣向と為っている。

僕の行った夜の回は、先ずはギャラリー・ディレクターの手塚女史に拠る、現在開催中の池田学・チームラボ・天明屋尚の展覧会の解説ツアーに参加し、最後の天明屋の「血の枯山水」を含む暗い展示の余韻を引き摺りながら、その部屋を出たばかりの場所に設置された、展示場とは正反対でミニマルな白い茶室でお茶を頂く。

天明屋の部屋が薄暗かった為か、はたまた茶室に掛かって居た「蓮」の掛物の所為か、白の茶室は何処か極楽めいて居て、血で血を争った人間の醜い闘い後の平和な「空」の様で、中々面白い企画と為って居た…三輪華子のこの「Hanako's Teahouse」は、来月半ばにヴァージニア美術館でも展示・呈茶される予定で有る。

さて、此処からが本題…現代美術家赤瀬川原平/作家尾辻克彦氏が亡くなった。77歳だった。

赤瀬川氏と僕の係わり合いは、唯2つ(個人的にお会いした事は無い)。

氏の芥川賞授賞作品「父が消えた」を始めとする著作を読んだ事が有る、と云う事と、氏の1969年度作品「零円札」が、僕の小さな現代美術コレクションに入って居る、と云う事だけだが、日本美術を生業にして居る僕に取って「日本美術応援団団員第1号」でも有った氏の著作は、何冊読んだか判らない程に好きだった。

その数多くの著書の中でも、山下裕二氏との「日本美術応援団」シリーズはもとより、「超芸術トマソン」や「千利休 無言の前衛」、「芸術原論」や「老人力」等々…が、やはり岩波新書の「無言の前衛」が今でも僕に取っては特別な作品で、この著作を基に勅使河原宏の大傑作「利休」が制作され、今でも台詞を思い出す事が出来る程適役だった、利休役の三國連太郎の名演が光る映像と共に、今でも強烈な印象を僕に残している。

そしてもう20年近くも前に買った、「零円札」。

両面アクリルのフレームに入れられた両面オフセット印刷のこの大判の作品は、赤瀬川氏が「紙幣偽造」をしたとして逮捕された、高名なる「千円札裁判」中に制作した作品との事だが、「アート作品」としては当然「本物」で有る。

現代美術家としての氏の代表作で有るこの「千円札」と「零円札」は、当時の日本社会に於ける「アートと真贋」、「模造」と「偽造」に関する意識に大問題提起をした作品で有り、当に彼の「前衛」の証でも有ったのだ。

さて、僕がこの「零円札」を買った理由は、幾つか有る。

それは先ず、赤瀬川氏の例えば「ニラハウス」に現れて居る様なユーモア溢れる生活や、「ハイレッドセンター」等での芸術への態度を尊敬していた事。そして僕自身が、日々「真贋」と向き合って生きているからだった。

「真贋」の問題とは、実は「眼」だけでは無く「意識」の問題で、氏に「目利きのヒミツ」という著作が有る様に、「目利き」とはその「本質」を見抜く事に有る。そしてそれは「モノを見る眼は、ヒトを見る眼」、延いては「人生を見る眼」「真理を見る眼」へと鍛えられて行く訳だが、氏の場合、何時も其処に「ユーモア」が介在している事を忘れては為らない。

ユーモアとは力で有り、才能で有り、自信で有り、優しさである。

最期の最期までそのユーモアを忘れず、真の「真贋」を問い続け、ホンモノを探求し続けた「前衛」者としての生涯を全うしたアーティスト、赤瀬川原平氏の御冥福を心よりお祈りしたい。