チャイナドレスの女。

先週土曜日の昼過ぎ…母親孝行も兼ねての観能の為、久々に渋谷駅に降り立ち、松濤の観世能楽堂迄歩く事にした。

強い陽射しの為サングラスを掛け、人混みを掻き分けて横断歩道を渡り、109の前に差し掛かった時、向こうからこれもサングラスを掛けた、何処か見覚えの有る小柄な人が歩いて来る。

サングラスを掛けて居ても人は意外と「シルエット」で分かる物で、良く見るとその人は、それから6−7時間後にオープニングでお邪魔する筈のギャラリーの、浦野さんだったので吃驚!

そして、その日観世能楽堂で開催されたのは「第三回坂口貴信之會 独立五周年記念」。坂口君は観世流シテ方で、宗家の元での内弟子を経て独立したイケメン有望能楽師として現在大活躍中だが、今回は東京での初自主公演との事。

公演は、緩急を付けた目出度い坂口君の舞囃子高砂 八段之舞」で始まり、仕舞五番、観世宗家に拠る舞囃子屋島 大事」、再びお仕舞五番を経て、最後は若々しい獅子舞で魅せた坂口君のシテ、そして藤波重彦師のツレと囃子方も誠に素晴らしかった、能「望月」で締め括られた。

観能後は、母親と行き付けの「K」で寿司を摘まんで(因みにオバマが来日した当日、安倍総理との「次郎」でのディナーで出た寿司を半分残したらしいが、それはオバマがホテル・オークラにチェックインした直後、腹が減って居た為、オークラに入って居る「K」の寿司を部屋に出前させて食べて仕舞ったからで、「これから安倍氏と寿司を食うと云うのに、敢えて寿司を食べた」処に、オバマ安倍氏への「心構え」が見え隠れする)、向かったのは「白金アート・コンプレックス」。

昼間に衝撃的な出逢い(笑)をした浦野さんの「アラタニウラノ」は、小西真奈「Reflection」展を開催。このアメリカ在住女性作家の作品は、具象なのに現代性に富み、家族と自然を描いた美しい作品で、特に緑色の美しい、筆者好みの画風で気に入る。

続く上階の「山本現代」では、現在原美術館で個展を開催中の作家ニコラ・ビュフに拠る「Polia's Nightmare」を開催。此方はポパイ等のコミックキャラクターが、非常にヨーロッパ的な造形の黒く塗られたパネルに描かれた、デカダンなのにオタク且つコミカルな作品と為って居て面白い。

レセプション後は、山本さん主催の食事会に参加。場所は、筆者が高校から大学時代に掛けて高樹町に在り、カフェバー・ブームの際「キューズ・バー」や「レッド・シューズ」等と共にオシャレな大人の店だった、懐かしの「C」。美術館館長H氏やコレクターS氏、古美術商T氏や日本の「大天使ミカエル」女史、ファッション・ブランド社長F氏等と、美味しい中華ディナーを楽しく頂いた。

翌日曜夜は、嘗てクリスティーズの同僚で、現在は世界有数のギャラリー「アクアヴェラ」のディレクターで有る伝説のディーラー、マイケル・フィンドレイの出版記念パーティーに出席。

マイケルとの想い出は数多く(拙ダイアリー:「孫一、会社やめるってよ」参照)、若い頃は典型的スコティッシュの眼光鋭い男だったが、年を経て大分丸く為った。そのマイケルの書いた「The Value of Art」は、クリスティーズ・ジャパン・オフィスの長瀬まみとバンタ千枝に拠って翻訳され、美術出版社から「アートの価値」として出版されたので、是非一読頂きたい。

パーティーは立食形式だったが、マイケルと所縁の有るコレクターやディーラー等が集まり、皆でその栄誉を称える。その後その会に出席して居た顧客との重要な打ち合わせが有り、早目に退席せねば為らなかったのが、少し残念で有った。

さて、話はそのパーティーの前に遡る。猛暑の中、長らく観たかった展覧会を2つ観たのだが、先ずは三井記念美術館で開催中の「超絶技巧 ! 明治工芸の粋」…此方は京都在住の明治工芸の世界的コレクター、村田理如氏の「清水三年坂美術館」のコレクション展だ。

金工・七宝・漆工・染色・薩摩焼・刀装具・牙彫等の超絶技巧の数々の名品を堪能出来るが、筆者のイチオシは矢張り象牙彫刻。例を出しても良いが、百聞は一見にしかず…蜜柑等の「美味しそうな物」から「蓮根に蛙」等の「吃驚する物」迄を、何しろ「一見」して欲しい。

そしてもう1つの展覧会こそが、今日の本題…ブリジストン美術館で開催中の「描かれたチャイナドレス 藤島武二から梅原龍三郎まで」だ。

さて、この展覧会に行った最大の理由は、本展のポスター・イメージやカタログの表紙に為って居る作品、藤島武二作「女の横顔」に再会する為。この美しくも儚い感じの女性のプロファイルを、イタリア・ルネッサンス絵画に影響された藤島が油彩でパネルに描いた本作は、現在ポーラ美術館の所蔵品だが、筆者がこの作品に出会ったのは今から18年前の事。

この絵の「発見」に関する詳しい経緯は、拙ダイアリー「La Bella Principessa Giapponese:日本の『美しき姫君』」を参照して頂きたいが、この作品をニューヨークの印象派イヴニング・セールに捻じ込む為に「売れなかったら、タダでは済まんからな!」と筆者を脅したのが、当時印象派部門のヘッドだった、上に記したマイケルだったのも何かの縁(笑)。

そしてこの作品を中心とし、「チャイナドレス」を着た女性を描いた絵画を集めた本展は、何とも素晴らしい展覧会だったのだ!

それは藤島や梅原龍三郎の作品のみ為らず、例えば小林萬吾「銀屏の前」や児島虎次郎の「西湖の画舫」、久米民十郎の「支那の踊り」や小出楢重「周秋蘭立像」等の何とも魅力的な絵画達の所為で、その事からも本展が「チャイナドレス」絵画を集めると云う事だけで無く、絵画的クオリティを可也り重要視した事が窺える。

そしてブリジストン美術館の凄い処は、この秀逸な企画展を観れる上に、常設のコレクション展で極めて趣味の良いモネやゴーギャン、ルオーやクレー、ピカソブランクーシ等の印象派・近代絵画/彫刻の大名品、そしてポリアコフやスーラージュ、延いては斎藤義重や菅井汲、堂本尚郎田中敦子、白髪一雄等の日本戦後美術の、これまたセンスの良い名品を十二分に観れる事なので有る!

「チャイナドレス」を来た女性を描くのは、或る種近代日本人画家の夢で有ったのだろう…そしてそれは、西欧へのそれと同じく、日本の中国への憧憬だったに違いない。

日本近代洋画家達のそんな想いに触れられる、超オススメのこの展覧会は7月21日迄。


PS:上に述べた様に藤島武二作「女の横顔」は、1996年4月30日に開催されたクリスティーズ・ニューヨーク印象派・近代絵画イヴニング・セールでロット59として出品され、68万4500ドル(当時約7250万円)で落札されたので、本展図録中の本作テキスト文中最終行に有る「『東京で』開かれたオークションで再び世に出た作品」と云う記述は、「ニューヨークで」が正しい。