寒さと静寂が齎した、予期せぬ奇跡:河原温と「バードマン」。

今朝起きたら、雪が積もって居る。

が、記録的な寒さだったのは昨日の「President's Day」…「-16度」の中、祭日だと云うのにオフィスに出向き仕事をした僕は、その後「静寂」を経験しにグッゲンハイム美術館へと向かった。

その「静寂」とは、現在開催中の河原温の回顧展「On Kawara-Silence」の事。

昨年亡くなった河原温は謎に充ちたアーティストで、彼が長年住んだニューヨークでもその顔を見た人は稀な程。実際彼がニューヨークに住み始めて「Date Paintings(Today series)」を1966年に発表してからは、インタビューや本人の写真等も公開されて居ないのだから当然と云えば当然だが、僕がこの街に住み始めて15年間、寿司屋や和食店で彼の隣で食べて居たとしても気付かなかったに違い無い。

今回のグッゲンハイムの展覧会は、1964年以降の河原の作品を網羅する回顧展で、「日付(Today)」「ポストカード(I Got Up)」「電報(I'm Still Alive)」「地図(I Went)」「名前リスト(I Met)」「新聞切り抜き(I Read)」「作品管理票(Journals)」「カレンダー(One Hundred Years and One Million Years)」の各シリーズが出展され、河原の歩んだ時間、空間、旅、土地、人、作品、出来事を網羅する。

祭日と有って、会場は人も多くザワザワし、「静寂」とは程遠い感じだったが、それでもライトの建築とのコンビネーションは良くて、螺旋スロープを上ったり下ったりしながら「Date」や「リスト」を観る感覚は、「時間と存在」「現在と過去」を感じさせる中々良い展覧だったと思う。

然しこれだけの「毎日的」作品を観ると、河原温と云う人は禅的且つ超ストリクトで禁欲的な人に思えるが、実際はどうだったのだろう…?

序でに、氏の死去日等が未だに発表されて居ない事も有って、僕なんかは氏が実は未だ生きて居て、偶に展覧会を覗きに来てはグッゲンハイムの低い手摺に凭れ、観客の反応を楽しんだりして居るのでは?…等とも想像して仕舞う。それ位この作家は、自身の人生をも徹底してコンセプチュアルに、そしてミニマル・アート化したのでは無いかと思う。

河原の作品は、1971年のグッゲンハイム国際美術展で初めて此処グッゲンハイム美術館に展示された。それから40年、河原の国際的評価は上がり続け、僕がクリスティーズに入社した頃は、日本人で唯一「現代美術イヴニング・セール」に作品の出るアーティストだった事を憶い出す。

そう云った意味では、河原温と云う作家はコンセプチュアル・アーティストにも拘らず、世界でそのアートのクオリティのみ為らず、ワールド・コンテンポラリー・アート・マーケットでも成功した稀なる日本人の魁なのだから、村上隆草間彌生等の現在マーケットで活躍中のアーティスト達が、河原と彼のアートをどう捉えて居るのか、興味深い処では有る。

そんな思いを抱きながら、グッゲンハイムを後にして向かったのは映画館…大好きな監督アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥの評判高き新作、「バードマン(或いは無知がもたらす予期せぬ奇跡)」を観る為だ。

本作の主演マイケル・キートン演ずるは、過去にヒーロー物「バードマン」でスターに為ったが、今は落ちぶれた「特殊能力」を持った俳優。公私共に起死回生を図る為ブロードウェイに進出し、自分が俳優に為る切っ掛けと為ったレイモンド・カーヴァーの小説「愛について語る時に、我々の語る事」(M上H樹が自作にタイトルを流用して居る)を自ら演出・主演する事に為るのだが…と云った、かなりブラックなコミカル・ファンタジー作品。

で、観終わった感想はと云うと、何しろキートンや娘役のエマ・ストーン、共演者役のエドワード・ノートンや親友役の「ハングオーバー」ザック・ガリフィナキス、ナオミ・ワッツ迄役者全員の演技とそのアンサンブルが大層素晴らしい!

特にキートンはアカデミー主演男優賞にノミネートされて居るだけ有って、哀愁と焦り、絶望と希望に塗れた演技が秀逸で、イニャリトゥの巧みなカメラワークとのコンビネーションも絶妙。

その画面構成も流石イニャリトゥで、「バベル」や「ビューティフル」(拙ダイアリー:「ラヴェルに奏でられる、絶望の中の『光』」参照)を思わせる一寸ドキュメント・タッチな映像は臨場感に溢れて居て、観る者はドンドン物語に引き込まれて行った末、軽いドンデン返しを以ってして、希望に満ちたファンタジックな「奇跡」の結末に終わる。

本作は今度の日曜に発表される第87回アカデミー賞で、作品・監督・主演男優・助演男優(ノートン)・助演女優(ストーン)・脚本・撮影等の計9部門にノミネートされて居るが、然も有らんと云った感じで、正直全部の賞を取っても可笑しく無いと思うが、個人的には名演熱演のキートンに是非獲って貰いたい。

極寒の中観た「静寂」と「奇跡」…帰り道、僕に身体が少し暖かく為った気がしたのは、良きアートには何時でも凍えた心身を暖める、「予期せぬ奇跡的な」温熱効果が有るからなのでした。