閲墨:"Chinese Contemporary Ink"@Christie's.

最近、安倍龍太郎直木賞受賞作「長谷川等伯」(日本経済新聞出版社)を読んで居る。

学術的には未だ諸説有る様だが、この本では狩野松栄(永徳の父)が等伯の師と云う事に為っていて、そして今筆者の元では、赤星弥之助・池田成彬旧蔵の松栄作「猿候四季山水図」六曲一双屏風が、2週間後の売り立てを待っている。

謂わば「歴史小説中の『オリジナル』」を見放題、研究し放題な状況なので、こんな時こそ自分の「幸せ」を熟く感じる訳だが(謎の多い「月夜松林図」や、弟子筋の長谷川等仁の「旧明石城襖」を扱ったのも良い想い出だ…)、逆にこんな幸運でも無ければ、ハードな仕事、ハードな気候のニューヨークではとても生きて行けないのも事実。

そんな此処2日間のニューヨーク株式市場は、5年5ヶ月振りにダウ平均株価市場最高価格を記録し、閉場した。

これは、如何に世界景気に好感触が出て来たかと云う証だとは思うが、未だ未だ安心は出来ない。しかし、15日から始まる「Asian Art Week」を前にして「買い手」に活気が出て来るのは必然…取り敢えずは期待をして置きたい。

さて3月だと云うのに、小雪のちらつく(って云うか、今日はスノー・ストームらしいし…涙)此処ニューヨーク…ロックフェラー・センターを見下ろす最高のロケーションに在るクリスティーズの「プライヴェート・セールズ・ギャラリー」では、現在中国現代水墨画の展覧会「閲墨:中國當代水墨畫展−Beyond Tradition: Chinese Contemporary Ink」(→http://m.christies.com/privatesales/images/id/17/type/feature/?KSID=f247f5b2de6b427bcf2e2dbeb87d5bd7)が開催されている。

今月20日に開催する日本美術のオークションでも、写経で有る「大聖武」から鎌倉期の鉄舟徳済の漢詩、江戸期の慈雲尊者から近代禅の玄峰老師の一行書、延いては現代抽象墨画の俵有作迄、今回「墨蹟」や「書」を自分自身がフィーチャーしている事も有って、興味津々の体で会場へと向かった。

この展覧会は、中国のみ為らず東洋の歴史に於いて非常に重要な地位を占める古典的な中国の書が、この100年の間に起きた政治・経済・文化に於ける国家革命的状況を経て如何に変貌したか、そして21世紀を迎えた今、中国人作家達が日々流入する西欧文化や思想を伝統と撹拌しながら、今後どの様に変貌させて行くかを考える試みだ。

その出展作家は、劉國松(Liu Kuo-Sung)、李華弌(Li Huayi)、劉丹(Liu Dan)、谷文達(Gu Wenda)、徐冰(Xu Bing)、楊詰蒼(Yang Jiechang)、泰風(Qin Feng)、鄭重賓(Zheng Chongbin)、邱志傑(Qiu Zhijie)の9人…最年長は劉の80歳、最年少は邱の43歳だが、何れも未だ存命中の現代美術家達で有る。

そして出展作中、筆者が興味を持った作品と云えば、先ずは泰風の「欲望風景系列0014」と四幅対の「四季圖」。

この作家のブラッシュ・ストロークは力強く抽象的で有りながらも、中国古典の墨書味を当に持ち合わせた物で、例えばフランツ・クラインやリチャード・セラ、サム・フランシスをも想起させる、スピードと迫力溢れる作品だ。

また邱の「手相シリーズ」とも呼ぶべき、「情奮的人(A Nostalgic Person)」「被祝福的孩子(A Blessed Child)」「志得意滿的藝術収蔵家(A Satisfied Art Collector)」「善於預測未來的人(A Fortune Teller)」(各三幅対・紙本墨画)も面白い!

本シリーズは、かなり大きいサイズの三幅対の画面一杯に墨一色の濃淡で「掌」が描かれ、その「掌」には各々作品タイトルと為っている「人物」の持つ「ツボ」が赤で示され、その各々の「ツボ」の意味説明が為されている作品なのだが、何しろその「掌」と「手相」の迫力と筆力に驚く…そして思わず自分の手相を「啄木」の様にシゲシゲと見つめ、作品中の「掌」と比べてしまった程だった(笑)。

そして最後に、もう1人だけ好みのアーティストを挙げるとするならば、李華弌に為るだろう。

特に彼の「雪景」と云う作品は、茶室の床にもコンクリート打ちっ放しの壁にも飾れる程に、伝統的中国の書法と現代美術感覚がミックスされた、技術も構図も「あな、素晴らし」な大名品で有る…ウーム、欲しいっ!

伝統と革新の融合を地で行く本展は、今月22日迄の開催。その後本展は、香港に巡回する予定と為って居る(5月23-29日・香港會議展覧中心にて)。

中国現代水墨画を体験出来るこの展覧会…見逃す手は無い!