それでも、ロンドンがお好きですか?

先ずはニューヨーク時間13日の夜開催された、レオナルド・ディカプリオの財団とクリスティーズ共催の、自然保護の為のチャリティー・オークション「11th Hour」の結果から。

大成功だったセールは33点の作品を完売、ロバート・ロンゴ、レイモンド・ペッティボーン、エリザベス・ペイトン、マーク・グロッチャン等13のワールド・アーティスト・レコードを輩出し、総額3882万7000ドル(約39億円)を売り上げ幕を閉じた。

トップ・ロットはグロッチャンの "Untitled (Standard Lotus No.II, Bird of Paradises, Tiger Mouth Face 44.01)" で651万ドル(約6億6000万円)、次点は曾梵志の "The Tiger" で504万ドル…流石の「レオ様」人気で有る。

では此処からが、今日の本題…久し振りにロンドンにやって来たのだが、今回程来るのが「物理的に」大変だった事も無い、と云う話。

筆者の今回の出張の目的は、クリスティーズ・サウス・ケンジントンで開催される日本美術セールと、数人の顧客の元での査定、そして幾つかのミーティングをこなす為だったが、云ってしまえば今回のロンドンへの旅は、それから続く長い旅の序章に過ぎない。

今後のスケジュールを此処に簡単に記せば、ロンドン・セールの終わった翌日の16日、お昼の便で一旦ニューヨークに戻り、その翌朝改めて日本に向けて発つ。そして日本到着の翌日、関西へ飛行機で飛ぶが直ぐ東京に戻り、1日置いて今度は香港へ。

香港で数日を過ごした後は日本に戻り、6月の半ば迄国内を巡業した末ニューヨークに戻ると云う、怖るべきツアーのその最初の一歩で見事に躓いてしまったのだが、一体筆者に何が起こったのか、時系列的に説明してみよう。

ニューヨークからの欧州便は、大概が夜に出発する。筆者の乗るべきUA28便も19:05発だったので、日曜の午後のニュージャージー・トンネルの混雑を考え、ヘルズ・キッチンの自宅を早く出たら何と驚く程空いて居て、20分程でニューアーク空港に到着…ラウンジに入ったのは16:45で有った。

ラウンジのボード表示では定刻の出発に為って居たので、18:15のボーディング・タイムに合わせて行ってみると、搭乗ゲートが一番遠いゲートに変更されて居た上、毎度お馴染みの「30分遅延」のサインが出て居て、「…ったく、アメリカの航空会社は…」と溜息を吐きながら座って待つ事にした。

その後遅延サインは「90分」に変わり、「キャンセルか?」と云った悪い想像ばかりが膨らんだが、幸いにもその予想は外れ、20:45にはボーディングと為り、多くの空軍関係者を含む満員の「777」の乗客は、いそいそと機内に乗り込んでベルトを絞め、いざ出発…とは為らず、ベルトを閉めてから30分以上、機体は1mmも動かない。

そして21:30過ぎ、機長の "Sorry, we cannot fix a mechanical problem, we have to change the aircraft" の一言で、満員の乗客は深い溜息と共に機外へと出、新しい機材が用意されるべきゲートへと疲れた様子で歩き始めた。

そして新ゲートで待つ事1時間、22:30前に漸く新機材が用意され、乗客達がゾロゾロと乗り込んで同じ番号の席に座りベルトを締め、飛行機のドアが閉まった途端、筆者は眠りに落ちた…定刻出発に備え、「効かないのでは?」と疑いながらも18:00に飲んで居た3錠のメラトニンと、待たされた疲れの所為で有る。

深い眠りに何度も舟を漕いだ末、ハッと目覚めて時計を見ると23:30過ぎ。そして寝ぼけ眼でふと窓の外を見、我が眼を疑った。何と云う事だ…また1mm足りとも、機体が動いて居ないでは無いか!

呆気に取られて居ると、今度は我が耳を疑う機長からのアナウンスが…。

"So sorry again, we couldn't fix a mechanical problem with this aircraft either... we have to change the aircraft one more time, and we have to ask you to get out from here...."

What a bloody he's talking about ?... 「もう一度機材を替えるだと?…冗談も休み休み云え!って云うか、点検してから持って来いって事でしょ?」と怒り心頭だったが、仕方が無い。しかも新機材が来ると云う指定されたゲートは、何と1番最初に予定されて居たゲートでウンザリ。こんな目に会った末に、こんな時間にフライトをキャンセルされたら、溜まった物では無い…でも、危ない機材で飛びたくも無い。日付も変わったゲートで、我々乗客達は祈るような気持ちで待った。

結果、神は我々を見放さず、午前1時過ぎに我々は「3機目」の777に乗り込む事が出来、ベルトを占めると、機長が低い声でこうアナウンスをした…"Finally we could depart for London, and we will try to land quickly as possible as we could"…「定刻から6時間以上も遅れた癖に、出来るだけ早く到着する様努力するだと?笑わせるな!」と機内からは失笑が漏れたが、何とか出発。物凄いスピードで飛んだ我等がUA28便は、6時間を切るウサイン・ボルト並の猛スピード飛行時間でヒースロー空港に到着し、筆者はトランクを引き摺って、漸く常宿の「S」にチェック・インした。

が、悪夢は未だ終わって居なかった…筆者がそのトランクを開けようとしたら、何と「鍵が掛かって居た」のだ!

通常筆者は、トランクに鍵を掛けない。特にアメリカ便では、アメリカ税関当局が旅行者に渡す前に任意で開ける事が有るからだが、今回は誰かが見た後、ご丁寧に鍵を掛けてしまったらしい…そして大問題は、その鍵がトランクの中に入っている事だった。

ホテルのハンディ・マンを呼んで見て貰ったが、他に手は無く、トランクの鍵を切断した末、新しいトランクを買いに行く羽目に。あぁ、何と云う不運…我は「旅の神」いや「ロンドン」に俺は見放されたのか?

結局その日は、朝着く積もりで組んだ予定も略全滅し、思いも掛けぬロンドンの寒さと相変らずの煮え切らない天候、そして疲労も手伝って意気消沈…然し、それでも筆者のそんな沈鬱なロンドン気分を晴らした、幾つかの事が有った。

先ずは、初日の夜に「B」で頂いた、ブリティッシュ・トラッドな魚料理の夕食。飯が不味いと評判のロンドンだが、魚料理と野菜だけは昔から美味い。新鮮な帆立のセビーチェや鱈、舌平目、野菜で云えばジャガイモやアスパラガス、ホウレン草等に舌鼓を打つ。

今泊まって居るホテル「S」も然り…このセント・ジェイムシスの路地に在るこじんまりとしたホテルは、近所の「D」と共に筆者のロンドンでの常宿なのだが、此処は如何にも英国的な素晴らしさで一杯だ。

例えば一昨日の夜、部屋で「粉末青汁」を飲もうと思い、スプーンを持って来る様に頼んだ。すると、暫くしてルーム・サービス係の青年がやって来たのだが、彼が両手で持ったピカピカの銀のトレイには、完璧にアイロンの掛かった白いナプキンが敷かれて居て、その上には磨き抜かれた、何と「『5種類の異なったサイズ』の銀のスプーン」が乗って居て、彼が云うには「どんなサイズの物がご入用か、分からなかった物で…」。

また、朝シャワーを浴びる時に見上げる、天井に固定された大きな円盤状シャワーヘッドや、温かくなる迄時間の掛かるシャワーの水、そしてシャワー後グラウンド・フロア(1st floorは、日本やアメリカでの2階に当たる)に降りて食べる朝食…絶妙な出来栄え且つ素晴らしい味の、しかも小さ目サイズの「エッグ・ベネディクト」や香ばしいソーセージ、三角に切られ少し焦げたホール・ウィートのトーストや熱々のミルクを入れた濃い目の「ホワイト・コーヒー」…何れも此れも「あぁ、ロンドンだなぁ…」と思わせる物ばかり。

勿論、懐かしいキング・ストリートのクリスティーズも忘れては為らない。強いロンドン訛りの顔馴染みのドアマンや古顔のセキュリティ、真白髪に為ったイスラム美術の専門家の同期社員、3人も乗れば満員の世界一のろいリフト(エレベーター)。そして、その周りの変わらない旧い街角の骨董屋や、近くのデリのインド人のオヤジも健在で有る。

そして今回、ロンドン滞在の楽しみがもう1つ増えた!それはメイフェア地区に在るジャパニーズ・レストラン、「UMU」の料理で(この「UMU」は、日本語では「生」と書く)、今回この店に行った理由は唯一つ…この「UMU」こそが、ニューヨークの精進料理レストラン「Kajitsu」の前シェフ、西原氏(拙ダイアリー:「クリスマスには、ダウンタウンで『精進』を」参照)が移籍した店だったからだ!

キッチンを担当している氏は溌剌としていて元気そうだったが、彼の作る、例えば生フォアグラを椎茸入りの酢飯で包んだ粽や、ユッケの入った長芋素麺等の創意に満ち溢れた料理、また寿司シェフの作る恐らくはロンドン一新鮮な刺身、寿司と創作寿司、そして最後の桜餅を象った「桜チーズケーキ」迄、「ロンドンの宝石」とでも呼びたい程の、何とも素晴らしい料理の数々で有った!

全く以てウンザリさせられた、久々のロンドン出張に為ったが、それでもロンドンには「素敵な事」が沢山有る。

さてさて、今日はこれからクリスティーズ・サウス・ケンジントンで開催される日本美術セール…愛するロンドンでの、有終の美を飾らねば!