光と色の「浸透圧」:ジェームズ・タレル@グッゲンハイム美術館。

気が付けば夏は終わり、9月…1年の2/3が終わって仕舞った!

そして、夜とも為ればジャケットも必要な、涼しいニューヨークに戻ってから1週間が過ぎたが、最近最も印象に残ったニュースはと云えば、先ずは世界的指揮者/ピアニストのダニエル・バレンボイムが、パレスチナの市民権を獲得した事だろう。

バレンボイムは、アルゼンチン生まれのユダヤ人だが、現在の国籍はイスラエル…世界的に有名なこのイスラエル国籍のユダヤ人アーティストが、パレスチナの市民権を取った意味は大きい。新聞に拠ると、バレンボイムはここ数年ヨルダン西岸で活動し、アラブとイスラエルの若い音楽家の交流を図って居るらしいが、自らを和平の見本とする態度に拍手を贈りたい。

そしてもう1つ、此方も明るいニュース…九代目中村福助が、七代目中村歌右衛門を来年愈々襲名する!

歌舞伎一筋に生き、20世紀最高の女形だった歌右衛門の死から12年、要は13回忌を終えての発表と為った訳だが、成駒屋の歴史に新たな1ページが刻まれる日が待ち遠しい。

さて此方はと云えば、時差ボケと闘いながらも溜まった書類や経費精算、今月15日に開催する現代美術家杉本博司氏のレクチャーや、筆者主催の夕食会、18日のオークションに関する多くのミーティングをこなして過ごす。

その上某誌の為に企画した、亭主にアーティスト、客にファッション・デザイナー夫妻を迎えた「茶会」の撮影や、アーティストのステュディオ訪問をしながら、仲の良いペインターの新居で本人が腕を振るった「祖国料理」に舌鼓を打ったり、或る「伝説のジャズ・ミュージシャン」のコンサートを実現させる為、某文化機関の友人と「『打ち合わせ』と云う名の飲み会」(笑)をしたりして、「貧乏閑なし」を地で行く充実した日々。

そんな中レイバー・デイの連休中の一昨日の夜は、我ら地獄夫婦、ニューヨーク取材に来て居た某誌の女性編集者、偶然にもその取材の現地コーディネータを務めたA姫とカメラマンのG氏夫妻、そして現在留学中のアート大好き分子生物学者のF先生と、ブラジル料理店「C」@ウエスト・ヴィレッジでの打ち上げ食事会をし、その後は地獄宮殿で深夜に及ぶ二次会。

そして昨日の午後は、爆笑の連続で腹が痛く為った程に面白いアルモドヴァルの新作「I'm So Exited」(この作品は、日本での公開が難しいだろうと予想される程に、過激で痛快なゲイ・フィルムなのだ!)を観たのだが、此処で今日のダイアリーは時間を遡る。

前夜の夜更かしにもめげず、筆者が朝イチで向かったのは、グッゲンハイム美術館…ずっと観たいと思いながらも今迄スケジュールが取れずに居た、念願のジェームズ・タレルの展覧会を観る為で有った。

頑張って早起きして行った甲斐が有って、開館20分前には89丁目に到着し、メンバー・ラインに並び本を読みながら開館を待つ。そして開館時間と為り入場すると、何時もは螺旋が最上階迄見渡せる吹き抜けのロビーは、恰も自分が美しい「繭」の中に入り込んで包まれる様な感覚に陥る程に、タレルに拠って精密に計算された光と色に包まれていた!

そして幸運な事に、筆者はそれからの凡そ15分間、美術館の吹抜けロビー中央に敷かれたマットに身を横たえ、人も疎らな静寂の中で刻々と色を変える、恐らくは筆者が今迄グッゲンハイムで観た如何なるインスタレーションや美術品の中でも最高に美しい作品、「Aten Reign」(2013)を体験したのだった。

しかしハッキリ云うが、この作品は「静寂」の中、横たわって観ねばならない…それは、メンバーの特別鑑賞日でも無ければ、人の少ない、声や動き回る人の気配の出来るだけ少ない朝イチ、しかもトップ数人の内に並んで入場する事が必須だと云う事を意味する。

それさえ出来れば、タレルのこの静謐なのに劇的な、トップと2層目の間に張られたネットの故に、何処か「光と色の『浸透圧』」、或いは「色と光の『セル(細胞)』」を感じ思わせる、幻想的で美しく、有機的で宗教的ですら有る新作に我が身が吸い込まれ、同化して行く体験が出来るだろう!

云う迄も無くタレルのこの作品は、昨今の建築やデザインとの安易なコラボ作品に有りがちな、商業的成功や売名的目論見等を超越した、真の芸術作品だ。そう云った意味も含めて、グッゲンハイムはこの「Aten Reign」を、1年の内の期限付き展示期間でも良いから、パーマネント・コレクション(インスタレーション)にすべきだと筆者は思う。

何故なら、これ程迄に美術館とインスタレーション作品が「同調した」例も珍しいからで、最高品質のインスタレーション作品が同調する「最高の場所」はそうは存在しないし、ライトの建築とタレルの作品と云う、最高クオリティと相性のコラボ作品に他為らないからだ。

その「Aten Reign」以外にも、光と闇を自由に、そして究極的に操った旧作「Ronin, 1968」や「Afrum I (White), 1967」、「Ilter, 1976」を含め、カッコ良い図録も嬉しいこの展覧会は、今月25日迄…「今年最高のアート」を、決して見逃してはならない。

とか云いながらも、今筆者はJFKのラウンジ…今度は2日間の会議の為に、香港へと飛ぶ。

ふぅ…(嘆息)。


◎筆者に拠るレクチャーのお知らせ
●「クリスティーズ・ニューヨーク日本・韓国美術セール/下見会ツアー」
日時:2013年9月14日(土)、13:00-14:30
場所:クリスティーズ・ニューヨーク@ロックフェラー・プラザ
問い合わせ:日本クラブ(212-581-2223)迄。


●「特別展 京都洛中洛外図と障壁画の美ー里帰りした龍安寺襖絵をめぐって」
日時:2013年11月16日(土)、15:30-17:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=220110&userflg=0
問い合わせ:朝日カルチャーセンター新宿教室(03-3344-1941)迄。

皆様のご参加をお待ちして居ります!