弾丸出張中の濫読日記。

アジア美術を扱う部門のシニア・マネージメント・ミーティングの為、ここ数日香港に来て居る。

クリスティーズのアジア美術部門は、印象派・近代絵画部門を抜き、今では現代美術部門に次いで、社内でも2番目のプロフィタブルな重要な部門に為ったのだが、今回の会議は世界中から集まった16人が2日間缶詰に為って、中国・東南アジア・日本・韓国のアジア美術・マーケットの将来と社内の構造改革を考えると云う、ブレイン・ストーミング&ディスカッション・ミーティングで有った。

が、筆者に取って最終的に「香港」と云う場所は、「食い倒れ」の街(笑)。今回は激辛四川や蛙足肉、牛頬肉等の一風変わった美味しい中華を頂いたのとマイルを得た事で(来年度の「Diamond」ステイタスも、とっくにクリアしてるのだけど…)、3泊5日の弾丸出張の疲れも全て吹き飛んだ!…と思うしか無いのが辛い(涙)。

さて「食」は置いておいて、先ずは「音楽」…思えばこの夏は、ミーハー極まり無くも、Robin ThickeとBruno Marsを聴き捲ったワタクシだった。

何しろThickeがPharrellとT.I.をフィーチャーして大ヒットした「Blurred Lines」は、"I know you want it…" と云った際どい歌詞やクールなノリも然る事ながら、PVで魅せる3人の余りにエロカッコ良い不良振りに加え、PharrellとT.I.のダンスの、巧いのに力の抜けた具合が秀逸で有る。

また此方も大ヒットしたBrunoの「Treasure」は、Disco Popを極めた、云って仕舞えば「何処かで聴いた様な曲」なのだが、そのPVはソラリゼーションを掛けたり、バンドメンバー全員が、演奏しながら懐かしい感じのステップのダンスを全員で踊ったりするので、筆者の様に80年代前半にディスコに通い、70-80年代のダンス・ミュージックの虜に為った人には、「涙物」の曲なのだ!

が、今の筆者のお気に入りは、何と云ってもLana Del Rey…ニューヨーク出身、現在27歳のこのシンガー・ソングライターのセンスは中々良く、彼女のPVを観ると、レディ・ガガの金を掛け捲った「なんちゃって」アート・センスが、如何に幼稚で安直かが分かる。

今回機内で観た、ディカプリオの「グレート・ギャツビー」(如何な物かと思っていたが、これが意外と面白い…トビー・マグワイヤが中々ヨロシイ)のサントラにも彼女の名が見えるが(使用曲は「Young and Beautiful)、現在は「Summertime Sadness」(⇨http://m.youtube.com/watch?v=nVjsGKrE6E8&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DnVjsGKrE6E8)がヒット中。何処と無く70年代を思わせるその美貌と映像は、一見の価値が有るのでお試し有れ(他に「Blue Jeans」等もオススメです)。

そして「音楽」と来たら、「本」…読書に時間を費した長旅でも有ったので、今日は久し振りに、最近読んだ本達を紹介しよう。


山本兼一著「花鳥の夢」(文藝春秋

直木賞受賞作「利休をたずねて」が海老蔵主演で映画化され、この冬公開される山本兼一の新作。こちらも直木賞受賞作、安部龍太郎作「長谷川等伯」の「返歌」の様な小説で、山本の新作は等伯のライバル、狩野永徳が主人公だ。

早逝した永徳は、狩野派歴代の中でも実力は一際高かったが、それ故の神経質や傲慢、旧態依然、覇権主義等が取り沙汰され、巷では等伯アヴァンギャルドさや自由闊達な芸術性の方が語られる事が多い…が、「檜図」等を観ると、かなりの「根性」が入っているのが分かるし、本作でもその絵に対する執念は深い。

永徳が、これも絵師で有る等伯の妻(と彼女の作品)を一目惚れする部分の典拠の有無は判らないが、等伯に対する敵対心と畏れの深層に有ったのが、詰まりは「男の嫉妬」で有ったと云う事がテーマの、一気読みした作品で有った。

因みに本作は、筆者の50回目のバースデー・プレゼントとして、ライターのK女史に戴いた1冊…Kさん、有難う御座いました!


島田雅彦著「ニッチを探して」(新潮社)

著者にしかこんなタイトルは付けられない「芥川賞落選作全集」も好評な、ご存知島田雅彦の新作は「『居場所』探し」のお話…「ニッチ」とは生物学的には「生態的地位」の事で、「善意の横領」をした銀行マンの路上生活体験記小説で有る。

相変わらずのユーモアたっぷりの文体で、微に入り細に入り語られる路上生活者の「日常」は、著者が恐らくは実際に自分で取材敢行したに相違無いが、然しそれにしても描写が超リアルで、島田氏自身もひと月程行方不明になって居たのでは?と危惧する程だ(笑)。

そして、著者2010年度の作品「悪貨」(拙ダイアリー:「『ローラー・コースター経済恋愛小説』:島田雅彦『悪貨』読了」参照)でも描かれた、現代資本主義経済社会や特権階級(主人公の名が「藤原道長」だし:笑)への痛烈な批判は、本作でも随所に鏤められ、チクリチクリとする「蜂の一刺」が実に爽快。

また、毎回登場する憎めないキャラクター(今回は、中国金融マフィアの手先と為って失踪した主人公を探し出す、若い「無国籍」青年)も、著者自身が描いたと云う表紙の「犬」(ニッチ)も実に愛らしい。

人間、何時何処で何が起こるか判らない…将来落ちぶれ、路上に出た時の為の必須のガイド(笑)としても有用な快作だ。


山口果林著「安部公房とわたし」(講談社

作家安部公房と、その20年前の死迄「恋愛関係」に有った女優山口果林に拠る、安部を通して書かれた謂わば自叙伝で有る。

山口が最初に安部に会った時、彼女は桐朋学園大学入学の際の受験生で、安部がその面接官だったと云うから、その数年後から始まる23歳差の20年以上に亘る恋愛を考えると、人生とは面白いし人の縁は実に不思議だ。

そして本作を読むと、別に不倫を「奨励する」訳では無いが、たった一度の短い人生に於いて、結婚して居ようが居まいが、アーティストたる者が誰かの才能や肉体、人物に惚れ、尊敬し関係を結ぶ事に異論を挟むのは、全く以て野暮だと云う事を再認識する。

この著作で山口果林は、下町生まれらしい切符の良さで、安部の闘病生活や夫人への苦い想い、自身の堕胎経験迄をも赤裸々に告白しているが、このノーベル賞候補に何回も為った、希代の(筆者からすると「天才」)小説家との「『非常識な』関係」を一言も否定して居ない処には、「覚悟」の清々しささえ感じる。

また本作では、山口が参加した「安部スタジオ」の舞台裏話や、主演した懐かしい映画やテレビの話もふんだんに盛り込まれて居て、時代を知る上で興味深く面白い。

しかし此処で告白せねば為らないが、安部公房の大ファンを自称しながらも、恥ずかしながら本作を読む迄、彼らが恋愛関係だった事、そして「果林」と云う名が安部の命名だと云う事を知らなかった…。


福岡伸一著「やわらかな生命」(文藝春秋

現在ニューヨークのロックフェラー大学に留学中の、売れっ子分子生物学者の新著。

筆者に取っては「動的平衡2」以来の著作だが、しかし福岡ハカセは文章が上手い。その上、一般人が興味を持ちそうなさり気無い物(例えば「充電電池」や「サラブレッド」)や、話題(例えば「日食」や「リシン」、「IPS細胞」)を持ち出し、それを取っ掛かりにして科学・生物学への門を開く軽妙な手法は、知の冒険者達には堪らない。

本作では専門分野の話のみならず、著者が大好きなフェルメール北斎岡本太郎Chim↑Pom等のアート、「ポスドク」時代の苦労話(筆者の友人達の中も、ニューヨークの大学や研究所に勤める何人もの「ポスドク」が居るが、それはそれは大変な日常で有る…)、趣味のコイン収集や昆虫採集の話迄、広範囲の知識を以てして読者を飽きさせない。

その上、「ダンゴムシ」が昆虫で無く、むしろエビカニの仲間で有る事や、全ての生物種の過半数以上を占めているのが昆虫で有る事、トンボのセックスは雌が雄に挿入する事(!)、カタツムリに右巻型と左巻型が居て、同種同士で無いと生殖が上手く行かない事など、驚く事も多い。

著者が本作で引用したカズオ・イシグロの「記憶とは死に対する部分的な勝利である」と云う言葉が妙に印象に残ったが、しかし著者の「収集癖」とアートへの関心を見ると、福岡ハカセは将来のアート・コレクターの資質充分とお察しする…御用の際は、是非ワタクシに(笑)。


そして現在読んでいるのが、現代美術家坂口恭平(拙ダイアリー:「過去への回帰」参照)の書き下ろし作品、「幻年時代」(幻冬舎)…まだ読中だが、日本版「スタンド・バイ・ミー」を思わせる内容で有る。

てな訳で、筆者は今、香港国際空港のラウンジ…これから丸1日弱掛けて、ニューヨークに戻る。

ハァ…(嘆息)。


◎筆者に拠るレクチャーのお知らせ
●「クリスティーズ・ニューヨーク日本・韓国美術セール/下見会ツアー」
日時:2013年9月14日(土)、13:00-14:30
場所:クリスティーズ・ニューヨーク@ロックフェラー・プラザ
問い合わせ:日本クラブ(212-581-2223)迄。


●「特別展 京都洛中洛外図と障壁画の美ー里帰りした龍安寺襖絵をめぐって」
日時:2013年11月16日(土)、15:30-17:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
サイト:http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=220110&userflg=0
問い合わせ:朝日カルチャーセンター新宿教室(03-3344-1941)迄。

奮ってご参加下さい!