セクシーな「非対称性」。

気が付けば震災から5年…時の流れの速さと、復興の遅さの反比例さに沈鬱な気分に為る。

そんな中仕事の合間を縫っては、理事を務める財団の理事会や、この夏の能楽家元のニューヨーク公演に関する打ち合わせ等をクリアしながら、「お楽しみ」も幾つか。

それは例えば、高校の数学・担任の先生だったKH先生の定年退職を記念しての、「Kの愛した公式」と題された最終講義に同級生達と出たり(皆さん「正弦定理」と「余弦定理」を証明出来ますか?:笑)、友人と箱根の天山湯治郷で日帰り湯治しながら、しゃぶしゃぶを食べ捲ったり。

或いは「古典的」男3人で目黒の「M」に行き、イタ飯を爆食いして茶室に移った後、いきなり呈されて思わず息を呑み、仰け反った「恐るべし黒茶碗」での濃茶で始まった至福のお茶を楽しんだり、将又歌舞伎座での「五代目中村雀右衛門襲名披露公演」夜の部を観に行ったり。

特にこの晩の歌舞伎座の演し物は、菊之助橋之助の芸が見事だった「双蝶々曲輪日記 角力場」を始め全て面白く、胃潰瘍で休演した菊五郎以外(心配だ!)、役者達も新雀右衛門丈を始め大熱演だったのだが、残念なのは空席が目立った事。これだけ芸も狂言も素晴らしくても、観客動員は女性客に人気の有る役者に頼らざるを得ない、歌舞伎の現状に悲しく為る。

と同時に展覧会サーフも続いて居て、先週末の白金アート・コンプレックスのオープニングで興味を持ったのは、山本現代で始まった宇治野宗輝展「Rotate'n Roll Over」での、バブル世代のアーティストに拠る現代社会に対する或る意味贖罪的な作品。

また今晩伺った、Scai the Bathhouseでの森万里子新作展「サイクロイド」のレセプションでは、久し振りに万里子さんに会い、ご自身に解説して頂いた新作が、最新宇宙理論に由るメビウス的発想作品で有る事を知り、ホログラム+パールな塗料で仕上げられた「メビウス的」アルミキャスト彫刻に目を瞠る。

然し、現代美術のギャラリー・オープニングに行くと毎回思うのだが、古美術を生業として居る者に取って、今目の前に在るアートを制作したアーティストと話をする事程、幸せな事は無い。

その現代美術に続いて、今度は専門の日本美術に於ける「聖と俗」の展覧会…根津美術館で開催中の「ほとけの教え、とこしえにー仏教絵画名品展」と、出光美術館の「生誕290年記念 勝川春章と肉筆美人画ー<みやび>の女性像」を観て来た。

仏教絵画の方は誠に渋いマニアックな展覧会(「兜率天曼荼羅」スゴイ!)だったが、春章の方はと云うと、彼の生年に関して「実は16歳若かった」説が先月新聞に出たばかりで、それで行けば春章は50歳で没した事に為り(今迄の説は67歳)、その作画数の多さがより際立つ…肉筆美人浮世絵と云えば歌麿か春章、と言っても過言では無い力量を、十分味わえる展覧会だった。

そして上野では、泰西名画を堪能…西美のカラヴァッジョ展と、都美のボッティチェリ展を観る。然しこんなにも素晴らしいカラバッジョボッティチェリの展覧会を、自国で観る事の出来る日本人は間違い無く世界でも有数の幸せ者だ。

さてそんなカラヴァッジョ展、以前から友人で本展担当学芸員のK氏から噂は聞いて居たのだが、その噂に違わず、実に凄い展覧会だった!

特に1597-98年頃制作の「バッカス」は途轍も無く魅力的な作品で、幼さの残る顔に差すワインに因ると思われる酔いの赤みと、その赤い顔とは対照的に白く透き通る肌と柔軟そうな筋肉描写が、妙に艶かしい両性具有的な色気を醸し出す…余りにスゴ素晴らしい絵画なので、この1点を観るだけでも入館料の元は取れる位だ(笑)。

その足で向かったボッティチェリ展でも感動頻りで、「書物の聖母」等の美し過ぎる作品に茫然…が、もう1点特筆すべきは、自分がボッティチェリの描く女性を如何に好きかを再認識した事だ!

そしてその「好きな」最大の理由とは、例えば代表作「プリマヴェーラ」「ヴィーナスの誕生」や「海の聖母」、或いは本展中では工房作と為って居る円形絵画「聖母子、洗礼者聖ヨハネ、大天使ミカエルと大天使ガブリエル」等に描かれた魅力的な女性の「顔」の事で、僕が彼女達の顔に何故それ程魅力を感じるかと云うと、それは彼女達の顔が「左右非対称」だから。

今迄顔相の話等余り聞く機会も無かったが、一説に因れば美人や美男子の条件とは、顔が左右対称で有る事らしい…が、時折顔の右半分と左半分、例えば目の大きさ等がかなり異なる顔の持ち主が居るし(先ず以って僕自身がそうだ)、特に女性に関して云えば、僕に取って「顔の左右対称」が「美人の定義」の必要条件と為らない処か、このボッティチェリの描く女性達の様に、顔の左右が「非対称」な女性を何故かセクシーと感じて仕舞うので有る…。

成る程僕の個人的趣味で云えば、完璧に左右対称な中国陶磁器よりも、確かに歪んだ朝鮮陶磁器や、色絵磁器以外の非対称な日本の焼物、シンメトリーを排した水墨画や浮世絵の構図に惹かれる。「美人は飽きる」と良く云われるが、完璧なモノは矢張り飽き易いのかも知れない。

「非対称」はセクシー!…なんて事を想いながら、明日西海岸へと旅立つ。