神様もつらいが、観る者もつらい?:「神々のたそがれ」。

モーリス・ホワイトが亡くなった…74歳だった。

モーリスは言わずもがなのR&B/ファンクのチャンピオン・バンド、Earth, Wind & Fireのリーダー&ヴォーカリスト、またプロデューサーとして名高いが、ディスコ全盛期を過ごした僕に取っては、踊るなら「Getaway」「Fantasy」「September」「Boogie Wonderland」「In the Stone」「Let's Groove」、チークなら「After the Love Has Gone」やソロでの「I Need You」等の名曲に尽きる。

数年前Beacon Theatreで、パーキンソン病を患ったモーリスを欠いたアースのコンサートに行ったが(拙ダイアリー:「偉大なる声」参照)、如何にフィリップ・ベイリーが居たとしても、モーリス抜きのアースは矢張り真のアースでは無かった。然しアース、そしてモーリス・ホワイトの音楽と声は永遠で有る…僕にファンク魂を教えて呉れたモーリスのご冥福を、心より祈る。

さて最近は多忙さと共に体調が優れず、数日寝込んだりもして居たが、先週木曜日は「第三十七回観世寿夫記念法政大学能楽賞・第二十六回催花賞贈呈式」に出席の為、新宿のセンチュリー・ハイアット・ホテルへ。

今回の「観世寿夫賞」受賞者は、能楽小鼓方大倉流十六世宗家大倉源次郎師と観世流太鼓方小寺佐七師…源次郎師は伝統的能楽小鼓技術と共に、新作能やプロデューサーとしての働きも考慮されての受賞となり、小寺師は卓越した撥捌き等が評価されての物。

また「催花賞」の方は、チェコ政府よりプロ劇団の認定を受けている「なごみ狂言チェコ」が受賞…茂山七五三師の教えがチェコに根付いた素晴らしい例だ。

会場には田中優子法政大学総長始め、観世銕之丞師や亀井忠雄師、観世元伯師等の能楽界重鎮、また能楽研究者等が集まり、心温まるスピーチの数々と共に皆の受賞をお祝いした。源次郎先生、改めまして御目出度う御座います!

そして展覧会サーフの方では、国立新美術館で開催中の「はじまり、美の饗宴ーすばらしき大原美術館コレクション」展を観覧。

日本初の西洋美術を紹介する美術館として1930年に開館した大原美術館は、古代エジプトから始まり、エル・グレコ、モネ、ロートレック等の印象派、日本近代美術、民芸作家、ピカソ、デ・クーニングやポロック、コーネルやロスコ迄等の現代美術に至る迄の名品を揃える。

そんな豪華なラインナップの展覧会で、僕の眼を最も惹いたのは、実は日本近代絵画のセクションだった。数は多くは無いが、例えばドガを思わせる坂本繁二郎の「髪洗い」や萬鉄五郎の「自画像」、小出楢重の「Nの家族」、熊谷守一「陽の死んだ日」、古賀春江「深海の情景」、梅原の「竹窓裸婦」等の作品は、素晴らしいの一言。

そしてもう一つ素晴らしいのが、このコレクションがコレクター大原とアーティスト児島虎次郎の「眼」で作られたと云う事で、信頼に結ばれた2人の美しきコラボと云えるだろう。当時西洋絵画の画商が日本に居なかった事も有るだろうが、その才能を買ったアーティストの「眼」を通して大原が集めた、日本に於ける西洋絵画黎明期のコレクションを是非ご覧頂きたい。

さて本題…予てから何人かの友人から観る様に強く勧められて居た、アレクセイ・ゲルマン監督の問題作「神々のたそがれ」を、アップリンクで滔々観た。

そして友人と観終わった3時間を超える本作は、何しろ凄まじい、の一言…これは色々な意味でだが、余りに凄過ぎて、その内容を此処に細々と記す事は出来ない(笑)。が、最初の1時間はハッキリ言って苦痛で辛過ぎたのだが、段々とその「どうやって撮ったのだ?」な映像の凄さに驚き、時折観る美し過ぎるカットに感動し、監督の思い入れと執拗さに同調して来る。

そんな全編を通じて「これでもか」と目の当たりにする、現代より800年遡る中世ヨーロッパのネチョネチョとした湿気と水、画面を覆い続ける糞尿と屍体、血と切られた肉、不具者と拷問…映画だけを見ると、とてもその原作「神様はつらい」がSF文学とは思えないが、原作者ストルガツキー兄弟の作品は非常に評価が高く、例えばタルコフスキーの「ストーカー」やソクーロフの「日陽はしづかに発酵し…」の原作にも為って居る事からも、只のSFでは無い事が分かるだろう。

そしてこの恐るべき映画作品は、何処かドキュメンタリー・タッチな主観的カメラワークに因って、神のみが観るべき地獄図絵を観る者に強いる。が、その地獄絵図がソ連時代の圧政や、反体制知識人の抑圧を揶揄して居る事を少しでも想像出来れば、人類が持ち得る「悪夢」をこの作品に観る事が叶うだろう。そう、嘗てパゾリーニが試みた様に…。

人間の様な愚かな生き物を造って仕舞い、残虐や弾圧の人類史を嘆き辛く思い、願い事ばかりされる神の心情も判るが、それを本作で追体験する観覧者も辛い。

だがその辛さを超えた芸術性は、観終えた直後にでは無く、観覧後徐々に僕の胸に産まれ、迫り来て、「この眼で」追体験した壮絶なる人間社会を想い出す度に、この「神々のたそがれ」が如何に凄い作品かを知らしめたので有った。

アレクセイ・ゲルマンの恐るべき遺作&大傑作「神々のたそがれ」…是非ご一見有れ!