リッチモンドで観て来たモノ。

結局クリスティーズは、「印象派・近代絵画」と「戦後・現代美術」ウイークの2週間で都合$1 Billion(約1150億円)以上を売り上げ、秋のメイン・セールスを終了した。

そんな狂騒劇も落ち着いた先週の木曜の夜は、「食の盟友」Mがユニオンスクエアに在るホテル内で経営するブラジル料理店「B」で、友人達とのカジュアル・ディナー。

今回のメンバーは、日本から取材の為に来紐育中だった美術誌の編集長I氏と編集のMさん、アーティストのKさんとE君、フォトグラファーのG君、そして義姉のHの都合8名。

僕は初めて行った「B」だったが、何しろ美味しくて、特に此処の肉料理は一食の価値が有る…ワインのボトルも可也り空き、アート四方山話に花が咲いた楽しい一夜と為りました。

が、その翌金曜は朝5時過ぎには起きて、ヴァージニア州の州都リッチモンドへ出張…僕の大事な顧客且つ友人で有るRの、恐らくは世界でも最大級の「川瀬巴水」のコレクションが、ヴァージニア美術館(VMFA)で公開されるからだった。

クリスティーズも協賛したこの展覧会は「Water and Shadow: Kawase Hasui and Japanese Landscape Prints」と名され、Rの600点にも及ぶ巴水コレクションの中から、選りすぐられた関東大震災前に摺られた重要版画(震災で版木が焼失し、再版が不可能だからだ!)やドローイング等が、濃いブルーの壁をバックに美しくスッキリとしたレイアウトで展示される。

そして展覧会に付随するイヴェントも充実して居て、本展ゲスト・キュレーターで有るケン・ブラウンのレクチャーや、Rが版画作家にコミッションして制作された「ヴァージニア十二景」の展覧、また義姉Hに拠るお茶のパフォーマンス等、盛り沢山。

その展覧会初日の14日は、ケンのレクチャーとVMFAの上階で開催された「オープニング・ガラ・ディナー」…VMFAのN館長を始め、トラスティーや学者等の多くの招待客が集まり、夜8時から賑やかに開宴した。

ディナーの最後にはRのスピーチが有ったのだが、その中で今回のクリスティーズの協賛に就てのみならず、僕等の日本旅行の思い出話やフレンドシップへの謝辞が有り、胸が熱くなる…そしてRのコレクションが将来全てVMFAに寄贈される事が発表されると、会場はオベイションの嵐と為った!

翌日は、Rの奥さんのCが企画したリッチモンド・ツアー。朝、歴史的なホテル「ジェファーソン」(大統領の名だ)で待ち合わせた20名弱が参加したこのツアーだったが、何と市民マラソンの日にぶつかって仕舞い、かなりの遠回り余儀なくされる…然しめげない我々は、先ずは市郊外に在る有名な19世紀の邸宅「Maymont」へと向かう。

この19世紀末建築の邸内は、ティファニーや東洋趣味で内装が彩られた素晴らしい物だったが、それ以上に素晴らしかったのが庭園で、特に日本庭園の秋模様には心が洗われた。

そして夜はRの友人が主催した、市内からかなり走った山奥に在る「マンション」(邸宅)で開催された、50人は居たで有ろうシッティング・ディナー。

暗闇を走る車のライトに照らし出されたこの邸宅の門には、007の「スカイフォール」の様に「D」と云う邸宅名が付いていて、リッチモンドと云う街が全米でもイギリス人を迎えたかなり初期の土地で有る事、また1776年にはジェファーソンに拠って、一時「首都」に為った事を思い出させる。

その「邸宅名」の刻まれた門から、崖沿いの木立の道を車で走る事3ー4分、見えて来た車寄せにはマイナス3度の気温の中、4人の黒人の使用人が立って待って居て、最近スティーヴ・マックイーン監督の「12 Years a Slave」(拙ダイアリー:「12 Years a Slave」を参照) を観て居た僕は、複雑な気持に為った…そう、リッチモンドは南部諸州と共に、「奴隷制度撤廃に反対」したヴァージニアの州都で有った事も忘れては為らないのだ。

主催者夫妻に迎えられたディナーは大変結構な南部料理で、メンバーもこれまた知的な人ばかり…ニューヨークでは決して聞けない、黒人給仕が発する「イエス・サー」「ノー、マム」の、或る種清廉とも呼びたく為る独特でハッキリとした発音や、ゲスト達の「白人振り」を見聞きして居ると、アメリカでの「エスタブリッシュメント」を感ぜぬ訳には行かない。

唯、僕のテーブルでは、例えば「Rがコレクションを寄贈したら、僕がNO.1だ!」と笑う、WHOで果敢にエボラ対策をして居る、巴水作品を400点持つ版画コレクターや、贋作に付いての経験談を交えながら可笑しく語る七宝の専門家や元METのキュレーター等、ユーモア&ペーソス溢れる会話が終始交わされ、そんな知的エスタブリッシュメントエスプリは、その晩僕を魅了したので有った。

今回の出張で観て来たのは、Rの素晴らしいコンディションの川瀬巴水作品だけでは無かった…アメリカ白人社会のルーツをも垣間見て勉強させられた、リッチモンドへの旅でした。