「乱交パーティー」と「キリスト教」、そして「殺人鬼」@Japan Cuts。

ここ1週間、ニューヨークは信じられない位に素晴らしい気候に為った!そして、その素晴らしい気候の所為で食欲も進み、先週末はイタリアンを食す。

此方に来ていたマヨンセの姉とマヨンセを伴い、先ずは世界的画廊に勤めるグルメのK氏と、パーク・サウスのイタリアン「M」でディナー。そして昨晩はギャラリストY氏夫妻、分子生物学者でフェルメール好きのF先生等と、行き付けチェルシーの「B」で盛り上がる。

そんな先週末のもう一つのテーマは「映画」で、現在ジャパン・ソサエティで開催されている「Japan Cuts」の内の3本を観に行ったのだが、今日はその事を…先ずは金曜の夜の1本目、三浦大輔監督作品の「Love's Whirlpool」(邦題:「愛の渦」)で有る。

この作品が「乱交パーティー」を催す風俗店を訪れた、客達の人間模様を描いて居るからなのか、会場に着くと予想外の超満員で吃驚…が、友人のアーティストS氏やフォトグラファーのG君、最近NYに来た作曲家のS君等も観に来て居て、お互いに「『変態クラブ』へようこそ」等と笑って居る内に、映画がスタート。

そして観終わった後は、正直かなりのガッカリ状態…元々「岸田國士賞」を獲った舞台劇で、映画も日本では結構ヒットしたと聞いて居たので期待して居たのだが、僕には全然面白くなかった。

成る程、舞台ならそれなりに良いのかも知れないが、俳優たちの演技の下手さ加減と演出の冗長さは如何ともし難く、乱交パーティーに来る女子大生に「恋心」らしき物を抱く無職男もキモ過ぎて却ってリアル感が無く、「性欲」がテーマだと云うがどうも表面的過ぎる。

特に、若い2人が再会する最後のシーンが全く頂けない。あれは余分も良い処で、若い男がパーティーの有ったマンションを出て、朝の六本木の街に消えて行く処で終われば良かったのに…残念で有る。

序でに云えば、満員の外人客達が大笑いする箇所に僕らは全く笑えず、何か日本人(と、そのオタク具合)がバカにされている感が有って、ウンザリ。

そして友人達に別れを告げ、其の儘JSに居残って続けて観たのは、内田英治監監督作品の「Greatful Dead」(邦題:「グレイトフル・デッド」)…此方は、前作のイライラ感を吹き飛ばす快作だった!

本編に先立ち、内田監督自身に因る作品紹介ビデオが流され、其処で監督がブラジルで生まれ11歳の時に日本に来て育ったとの事を知ったが、この未だ日本で一般公開がされて居ない本作に流れる、ユーモア溢れる「キリスト教批判」精神は、中々「純粋日本人」には無いのでは無かろうか?

また、社会適応不能者やストーカー、高齢化社会や老人の孤独死等の現代日本が抱える社会問題を、本作品でコミカルに観せる内田監督の技量とセンスは中々の物で、それに応えた笹野高史瀧内公美の快怪演も光る。

この「グレイトフル・デッド」はシニカルで、ユーモアたっぷりで笑える、ちょい恐い一風変わったスプラッター・コミカル・サスペンス作品に仕上がって居て、その上社会性も有る映画で中々ヨロシイ。

そして翌土曜の夜は、キャスターCさんと写真家G君のディナーに乱入後、3人で再びJSへ…夜11時からレイト・ショウとして上演される、北村一輝主演「Killers」を観る。

JSに着いてみると、その前の上映作品「猫侍」のレセプションが、此方も主演を務めた北村氏本人を迎えて開催されて居て、覗いてみると漆修復家のS君夫妻や、J君&Aちゃんのカップル、ギャラリー・ディレクターのT女史等が来て居て歓談。

そして愈々「Killers」の上映時間と為り、北村氏の舞台挨拶が有ったのだが、勝手に持って居た彼のイメージは「野心的」だったり「オカマ的」だったので、凄く明るい楽しい感じの人だった事にビックリ。

そしてその挨拶で、彼が最後に付け加えた「この映画を観ても、僕があんな人間だと思わないで下さい!」と云う希望的観測的な言葉も、この「Killers」を観終わった後に、あんなにも虚しく思い出される事に為ろうとは、その時は想像出来なかった…。

さて本作の製作総指揮は「ザ・レイド」のギャレス・エヴァンス、監督はティモ・ジャヤントとキモ・スタンボエルの親友2人組のユニットで、日活が共同製作に名を連ねている。そしてこの「Killers」と云う作品は、トレイラーで観た時とは比べ物に為らない程に残虐で、カルト的雰囲気を持った「血塗れ」の映画で有ったのだ…(隣の席のG君等は、時折目を両手で覆って居た程だ!)。

「狂気」がネットを伝い、日本からマレーシアに伝染する。若い女だけを狙う猟奇殺人鬼の北村と、追い詰められて殺人を犯し続けるマレーシア側の主演オカ・アンタラは熱演して居り、その周りをキアロスタミの「Like Someon in Love」(拙ダイアリー:「NYFF Diary Part II:『本』と『女』の共通点とは?」参照)で主演を務めた高梨臨等が固める。

そしてこの映画は、日本人には一寸撮れ無い感じのエグい作品だが、B級映画的に笑える処も有ったりして、元来スプラッター嫌いの筆者にも、何故か其れ程悪く無かったので有る。

それは、如何にも東南アジアな湿度を感じる映像や、日本とマレーシアと云う少々意外な組み合わせ、北村に拠ってネット配信された「スナッフ・ビデオ」で殺人鬼達が繋がり、最後は対面迄すると云うプロット、マレーシアでのシーン中に偶に有る、素晴らしいカットに因るのかも知れない。

そして2時間以上の尺の、長く痛ましい本作を観終わった後には、上でも云った様に、北村一輝氏が上映前の挨拶でお願いして居た「リクエスト」は残念ながら粉々に吹っ飛んで居て、もうどうやっても北村氏を「殺人鬼」としか思えず、私生活でもああやって超ミニマルな家に住み、夜な夜な若く綺麗な女の子をナンパしては監禁、痛ぶり、殺し、切り刻んで処理し、肉片を一寸食べてみたりしてるんじゃ無いか?…と、思わせたって事は、彼に取っては役者冥利に尽きるに違い無い(笑)。

家に帰って2時過ぎにベッドに入ったのだが、あんな映画を観た夜にあれだけ良く眠れたのは、一体何故だろう?と、不思議で仕方が無い孫一なのでした(笑)。