「彗星」に願いを。

今重要な仕事で、ニューヨークから中西部の某都市へと来て居る。

この仕事が成立すれば、今年の日本美術の「プライヴェート・セール」に拠る売り上げは1000万ドル(約10億8千万円)を大幅に超え、ここ数年心底頑張って来たプロジェクトの成果が大いに出るので、絶対的に何とかしたい。

そして到着した日は、先ずはその重要顧客とのディナー…この土地で、もう100年以上も営業して居るレストランで待ち合わせをしたのだが、思ったより早く着いて仕舞ったので、古めかしいレストランの入り口の前に立ち、ニューヨークより暖かい気温の中、夕暮れがほんの少しだけ始まった大きな空を眺めていた。

すると空に何か光る物が見え、それは箒の様な雲を引き摺りながら、ゆっくりと移動している。最初は飛行機かとも思ったが、飛行機があんなに光る訳が無いし、飛行機雲にしては短か過ぎる…ふーむ、どう考えてもおかしい。

「そうだ、彗星だ!」と気付いた時に、何故か「流れ星」を見た時の如く「早く『願い事』をせねば…」と焦り、急ぎ思い付く侭に、翌日の大ビジネスを含めた幾つかの願い事をする。

その後の顧客との食事は、剥製達に見守られながら「アリゲーター」の唐揚げから始まり、サラダと「エルク」肉のステーキで、和気藹々と終了…神様、どうか、どうか「願い事」が叶います様に!

では、此処からが本題…Asian Art Weekの終了と共に時差ボケも漸く落ち着き、秋分と共に夜も長く為って来たので、最近読書を再開し始めた。

先ず読了したのは、元クリスティーズの同僚(と云うか、大先輩)で、ニューヨーク・ベースの現在世界有数の強力画廊「Acquavella Galleries」(オークション史上如何なる美術品でも世界最高価格と為った、ベーコンの「ルシアン・フロイドの肖像の3枚の習作」を落札した:拙ダイアリー:「『戦後美術』が生んだ世界新記録」参照)でディレクターをして居る、マイケル・フィンドレイの著作「アートの価値/マネー、パワー、ビューティー」(美術出版社/拙ダイアリー:「チャイナドレスの女」参照)。

マイケルは最近流石に丸くなったが、嘗てはその鷹の様な眼光が「『作品』も『人』も、『贋物』は全てお見通しだからな!」と物語って居る様な、何とも厳しい人だった…が然し、作品に対しても人に対しても、非常に暖かく大きなハートの持ち主で有る。

そしてマイケルのこの著作は、アートへの愛に満ち溢れると共に、時にはシニカルに、時にはユーモアたっぷりに、60年代以降のアートとそのマーケットの歴史を、作家との交流や事件を織り交ぜながら紐解いて行くので、読み応え満点。

また本書の翻訳をクリスティーズ・ジャパン勤務の同僚、バンタ千枝と長瀬まみが担当しているので、オークション用語や絵画取引上の言葉等の和訳も流石なので、アート関係者の方にもそうでない方にも、是非一読をお勧めしたい。

続いては日本美術史家、辻惟雄先生の回想録「奇想の発見ーある美術史家の回想」(新潮社)。

現在MIHO MUSEUMの館長をされて居る辻先生とは、同じく日本美術史家だった父の代からのお付き合いなのだが、実は僕の仕事でも色々とお世話になって居る(今此処に詳しく書けないのが残念だ!)。

さて、この「芸術新潮」に連載されていた辻先生の回想録、ハッキリ言って大層面白い!辻先生がご自身で仰る通り、先生が良い意味での「変人」で有る事は周知の事実と云えども(失礼致しました!)、この著作を読むと、その事実を裏付ける処か「新発見」も多々有り、先生が真の「奇想者」で有る事が判る。

また、辻先生が世(特に一般社会)に出したと云っても決して過言では無い、岩佐又兵衛狩野山雪伊藤若冲曾我蕭白歌川国芳と云う、今でこそ「奇想の系譜」と呼ばれるストリームに並ぶビッグ・ネームの近世絵師達を取り上げた慧眼には、ほとほと恐れ入る。

そしてそれは、辻先生ご自身が「奇想者」だからこそ成し得た技で、云い換えれば学問と云う物(何の仕事でも同じと思うが…)は、人と同じ発想や遣り方では決して「ブレイク・スルー」は生まれず、大きな技術革新や意識改革、利益増大等は、その人の個性と個性的なアプローチに因るのだ、と云う教訓が本作には滲み出ているので、若い人にもこの楽しい回想録を是非読んで貰いたい。

と云う事で、今回の読後感想の「トリ」には、島田雅彦氏の新作「往生際の悪い奴」(日本経済新聞出版社)に登場願おう。

この作品は何しろ「中年男性の夢」を描いた作品で、「こんな事、有り得る訳ねえだろ!」と思いつつも「でも有ったら、良いなぁ…」(笑)、或いは「島田さんなら、有り得るかなぁ…」等と熟く思える、スピーディーな「色好み」エンターテイメントだ。

源氏物語」以降、日本文学の主流に「色好み」が有るのは周知の事実で、僕も若い時は「エロ・ジジイ、良くやるよ」と思って居た、例えば川端の「眠れる美女」や谷崎の諸作品、そしてこの島田氏の新作に見る「色好み」も、自分が50代に突入した途端に「ウーム、その気持ち、良〜く分かる…」と妙に親近感を覚えるのが、嬉しい様な切ない様な、なので有る(笑)。

そして、島田雅彦と云う作家が或る意味「その道」の後継者だという事実は、氏の「カオスの娘」や「頽廃姉妹」、「傾国子女」等の作品群を読めば一目瞭然だが、個人的に大名作と思っているのは、何と云っても「彗星の住人」(拙ダイアリー:「島田雅彦『彗星の住人』読了と、ゴダールの『気狂いピエロ』」参照)…この「往生際」を気に入った人は、是非とも本作を含む「無限カノン3部作」(+「美しい魂」「エトロフの恋」)も読んでみて頂きたい。

人間、誰しも「間際」に為ると往生際が悪く為り(笑)、神仏、或いは「星」に迄願い事をしたく為る。

奇しくも2つの「彗星」に想いを寄せた、今回の出張と相成った…「願い事」の成就を祈りながら、今日これからニューヨークへと戻る。