老ジャズ・ピアニストのバースデー。

安部総理肝入りの女性閣僚2人が、同日辞任した。

「女性登用」と云う言辞は美しかったが、中身が伴わず、身体検査をキチンとしなかった首相の任命責任の重さは計り知れない…人を見る目が無い、と云って仕舞えばそれ迄だが、アベノミクス同様化けの皮が剥がれつつ有るのだろう。

そんな中、100億円クラスの大競合プレゼンの準備を始める為に帰紐育した先週末は、見逃して居た展覧会2つと下見会を観る…先ず向かったのは、アジア・ソサエティで開催中のナム・ジュン・パイクの展覧会「Becoming Robot」だ。

この展覧会は、ニューヨークに住んで居たパイクに取って謂わば初めてと云っても良い位の規模の物で、彼のテクノロジーと思想構築を俯瞰する試み。作品はアメリカ、ヨーロッパ、アジア各地から集められ、ドローイングや写真、そして勿論ヴィデオ・インスタレーションを網羅する中々の展覧会だったが、昔懐かしい型のテレビを数台使った大型のロボット・インスタレーションが、矢張り見応え充分で有った。

ASを後にして向かったのは、フィリップスの「Evening & Day Editions」の下見会…この下見会は版画・写真・陶器・マルティプルがフィーチャーされたセールの物で、実は幾つか見てみたい作品が有ったのだが、実見したら残念ながら「要ーらない!」ってな感じで、懐が助かる(笑)。

パーク・アヴェニューを後にしたこの日のトリ展覧会は、ジャパン・ソサエティ…僕が2点(池田1点、天明屋1点)出展しているにも関わらず、出張の為オープニングに行けなかった、池田学・天明屋尚・チームラボの展覧会「Garden of Unearthly Delights」だ。

レンダーとしても少々ドキドキしながら観た会場は、スッキリとしてカッコ良く、素晴らしい!特に、最後の天明屋の部屋は良い意味で「キナ臭く」て、薄暗い空間に造られた血の枯山水と絵画のコンビネーションが粋だ…手塚女史、流石で有る!

そしてアートを満喫する事に因って、時差ボケの頭を少しスッキリさせた夜は、尊敬する老齢のミュージシャンのバースデーをサプライズでお祝いする。

そのミュージシャンとは、ジャズ・ピアニストのPooさん(拙ダイアリー:「『プーさん』と、どら焼き」「Incurably Romantic」参照)。チェルシーに向かい、ベルを鳴らしてロフトに着くと、Pooさんが現れ、持って行ったワインとバラを渡すと、「寒いし、足も痛い」とむずかる彼を外に連れ出す。

Pooさんを連れて行ったのは、歩いて数ブロックの所に在るチェルシーの「B」の2号店。店長のJ等と共に、グラスを挙げて皆でPooさんのバースデーをお祝いをするが、立ち飲みは辛い…と云う事で、偶々日本からアムステルダム経由でNYに来ていた仲の良い古美術商N氏を伴って「B」に向かい、結局ディナーと為った。

食事をしながらPooさんがする昔の話は本当に面白くて、例えばPooさんに「『こいつはスゴイ!』と思ったミュージシャンは誰ですか?」と聞くと、即座の答えは「ソニー・ロリンズ」。或いは若い頃渡辺貞夫に初めて雇われた時の話や、ゲイリー・ピーコックとの長年の仕事の事等、全く興味が尽きない。

そんなPooさんは、赤ワインと食事を始めるとご機嫌に為り、「仕事しなくちゃ」と気を吐く。聞くと、今セシル・テーラーから「コンサート・グランドが今2台有るから、弾きに来い」と云われているらしく、若しそんなライヴが実現したら、僕は何を置いても聴きに行くに違いない。

既にレジェンドと為って居るPooさんのライヴを聴く機会は、今では殆ど無い。それは天才特有の我侭だったり、公的機関の仕事が嫌いだったり、その上喧嘩っ早いのも有るし、セッションする相手の下手な演奏が耐えられない、と云った事も有るだろう(或るギグでステージに出たにも拘らず、周りの演奏が余りにもダメだった為に、ピアノの前に座った侭40分間何も弾かず、結局一音も弾かずに途中で帰って仕舞ったりする)…が、それでも自宅で若いベーシストやドラマーと録音した演奏やソロ・ピアノを聴くと、それはもう奇跡的に素晴らしいのだ。

食事が終わると、蝋燭が1本立った小さなバースデー・ケーキがテーブルに運ばれ、僕等が「B」の店員達とハッピー・バースデーを合唱すると、Pooさんは「これ、俺の為か?」と少々驚きながら、恥ずかしそうに微笑んで蝋燭を吹き消した。

その火を消す時に、Pooさんが何をウィッシュしたかは判らないけれど、その時僕はPooさんとセシルの競演実現を願いながら、また彼のこれからの健康を祈りながら心の中で一緒にその火を吹き消し、マイルス・デイヴィスをして「俺が演りたいピアニストは、キース(・ジャレット)と、Pooだ」と云わしめた天才ジャズ・ピアニスト、Pooさんこと菊地雅章氏は75歳に成った。

寒い空気の中「B」を出て、タクシーを拾ってPooさんを家迄送り、手を振り杖を突いてアパートに向かうPooさんの姿を見送ると、タクシーはチェルシーから今度はヘルズキッチンへとゆっくりと走り出した。

こうして老ジャズ・ピアニストのバースデーの夜は更けて行ったのだが、その晩僕の頭の中では、ずっとPooさんの演奏する「In Love in Vain」(→http://m.youtube.com/watch?v=c1iL1vA0pxs)が流れて居て、ふとすると涙が零れそうに為るのを堪えねば為らなかった。

Happy Birthday、Pooさん…何時迄もお元気で。