不動明王への憧憬。

今朝の東京は雪。

雪は全てを覆い隠し、静けさを齎すので大好きなのだが、イスラム国人質事件や名大生の「斧」殺人事件等の嫌な事件が多くて、憂鬱な気分に為って居る。

先日そんな憂さ晴らしを兼ねて、新橋演舞場の「初春花形歌舞伎 石川五右衛門」の楽日を観て来た。

さて今回の「石川五右衛門」…前作では日本国内のみの活躍だった五右衛門が、本狂言では匂引かされたお茶々を奪還しに中国へ渡ったたりして、海を挟んだ一大活劇と為って居る。

その舞台はと云うと、成田屋の演技は相変わらずイマイチ感が拭えなかったが、何しろ脚本が良くて、全く飽きない。例えば五右衛門がお茶々を孕ませて秀吉を強請るが、五右衛門が実は秀吉の息子だった為、却って秀吉が孫の誕生を喜ぶ結果に為ったり、中国に渡った五右衛門が清朝の祖ヌルハチと義兄弟に為ったりして、歌舞伎ならではの「何でも有り」を実践した樹林伸の物語が素晴らしかった。

で、此方の仕事の方はと云うと、関西で眼を瞠る近世風俗画屏風を観たり、関東では大量の浮世絵版画の査定をしたり、はたまた某氏宅でガチムチ美濃焼茶碗を拝見したりと、東奔西走。

そして一昨日は、最近手に入れた茶碗の箱蓋を持って茶人を訪ね、箱書の御願いをする。

が、実はこの日の目的はそれだけでは無くて、お茶を一服頂いた後の寒夜空の下、茶人と2人でいそいそと出掛けた先は目黒不動尊瀧泉寺…僧籍を持つそのお茶人から、「護摩」にお誘いを頂いたのだ。

目黒不動尊では、毎月28日に「不動縁日護摩祈願」が行われて居る…そして僕は昔から不動明王に似ていると云われながらも(笑)、こう云った密教系の行事には全く参加した事が無かったので、このお誘いを即座にお受けしたので有る。

美しい半月を眺めながら、縁日屋台の出て居る参道を歩いて階段を登り切ると、本堂に着く。お札代を奉じ堂内に上って座ると、僧侶達が出て来て護摩が始まった。

お経が強く為ると共に煙が立ち上がり、火花が散り、焔が上がる…そしてその焔は、其の儘奥に安置された不動明王立像の火炎光背と同化し、我々衆生の煩悩や災厄を打ち払う。荘厳な気の中で、僕の身体と頭もほんの少し軽くなった気がした。

さて僕と不動明王様とのご縁は、何も「顔」と「体格」が似ているだけでは無い(笑)。

あれはニューヨークに赴任した直後の、或る晩の事…知り合いのハウス・パーティーに招待され、知り合いもその友人以外殆ど居ない僕は、パーティー中1人で居心地の悪い時間を過ごして居た。

グラスを手に手持ち無沙汰で辺りを見渡して居ると、1人の女性の姿が目に留まったのだが、その女性は何故か「この人、俺に気が有るんじゃ?(笑)」と思う位に僕を凝視して居て、暫くするとその女性は僕の方へつかつかと歩み寄って来るでは無いか…そして開口一番、彼女は僕にこう告げた。

「あの、初対面で不躾ですが、お宅に何か『不動明王』に関わるモノが在りませんか?」

僕は女性のいきなりの行動にも吃驚したのだが、もっと驚いたのはその発言内容で、何故なら僕のアパートには「不動明王」の木彫作品が飾られて居たから。

然もその不動明王像は、祖母の神仏習合神社に在った江戸期の民衆仏で、祖母が97歳で亡くなった後、僕がニューヨーク勤務に為った時に形見分けとして貰って来たモノだったから(そしてこの明王様を選んだ理由こそ、その「お顔」が僕にソックリだったから)だ!

そしてその女性が僕に云うには、

「私、大概の人だったらその人の眼から入って、心が見えて、大体その人の事が判るんですけど、貴方の場合途中でガシャンとシャッターが下りて仕舞って、見えない…そして其れが、どうしても不動明王の力としか思え無いので、どう云う方かと思って…」

との事だった。

後で聞くと、その女性はニューヨークでも(&日本でも)可也り有名な霊能者で、出雲出身の彼女は幼い頃の臨死体験から、人の事が分かる様に為ったと云う。例えば、僕がXXと云う人の事を知りたいとすると、彼女は僕にそのXXさんの名前を3回云わせる。すると彼女はその人がどう云う人で、僕とどう縁が有るのかが分かるらしい…。

友人と為ったその後も、彼女には事有る毎に色々云い当てられて居るのだが(僕の人生に於いては、何故かこう云う霊能者的人達が、頼んでも居ないのに近寄って来る…どうも僕は、彼等に取って興味深い「対象」らしい:笑)、この一件を以ってしても、僕と不動明王様との縁は切っても切れない。

目を剥き、八重歯や犬歯が飛び出した醜い顔相に、屈強でガチムチな肉体を持ち、崇高な精神と力、徳を持ち合わせた、最高神大日如来の「戦闘型」化身でも有る不動明王

そんな明王様と僕の相似点は、残念ながら唯その「外見」だけなのだが、この日これも僕ソックリな茶碗にお茶人が付けた銘が、「黒不動」だったのも何かの縁。

不動明王様、我に力と徳を与え給え…そして全ての邪念を払い給え!

雪の朝、少しでも不動明王様に近付きたいと心願した孫一で有りました。