2人の女性アーティストに見る「反転」の美学。

この間のバレンタイン・デーの日に、1人の女性が子宮頸癌で亡くなった…その女性とは鮎川悦子さん、A.K.A.「シーナ」。

若い頃僕は「シーナ&ザ・ロケッツ」の大ファンで、そもそもこのバンドのファンに為ったのは、多くの人がそうで有る様に1979年の大ヒット曲「You may dream」を大好きに為った所為だが、実はもう1つ大きな理由が有って、それは鮎川誠が僕の叔父さんのSにそっくりだったからだ。

S叔父さんは母の腹違いの弟だったが、9人姉弟の5番目の母から数えて4人目の弟だったから、僕からすると「叔父さん」と云うよりは「お兄さん」と云う年齢で、僕が中学生位の時に大学生だったS叔父さんは、僕を良くバイクの後ろに乗せて猛スピードでブッ飛ばしたり、ギターを弾いては「Yesterday」等のビートルズの名曲を良く聴かせて呉れた物だ。

そのS叔父さんは180センチを超える細身の長身、足が長くて面長色白の美男子だった上に、眼が鳶色っぽくて一見すると外人みたいな超カッコ良いルックスだったのだが、高校に入った頃に「シーナ&ザ・ロケッツ」を知った僕が、「ユー・メイ・ドリーム」のシングル・レコードを買った時の驚きを僕は今でも忘れられない…。

何故ならその「ユー・メイ・ドリーム」のジャケットには、S叔父さんらしき人がバッチリと写って居たからで、僕は驚きの余り、レコードを持って走って母親に見せに行った程、其れ程ジャケットの男性とS叔父さんはそっくりだったのだ!残念乍らその後S叔父さんは、30代後半に癌の為に若くして亡くなって仕舞ったのだけれど。

そして、S叔父さんみたいなその男が鮎川誠と云うギタリストと知り、そのピート・タウンゼント的一寸モッズなロッカー振りと、パンキッシュな奥さん(夫婦でロッカーと云うのも、超クールだった)のシーナのカッコ良さと云ったら無く、楽曲とルックス、そして鮎川誠の独特な福岡訛りの喋りも含めて、僕はシーナ&ザ・ロケッツの大ファンに為ったので有る。

生前のシーナは舞台上の派手さとは異なり、飾らない性格の3人の娘の母親だった。アーティストの中には、舞台や画面上のイメージと実際の人物像が全く同じ人も居るだろうが、例えば優秀なコメディアンが家では寡黙な読書家だったりする様に、全く異なる人も多い。

その意味でシーナはその女性的で母性的、或いは家庭的な暖かさや優しさを、ステージ上での派手でパンクなパフォーマンスに巧く反転昇華させた、日本でも最も成功した女性ロック・ミュージシャンだった様に思う。

僕の高校時代のもう一人のヒーロー忌野清志郎(久保講堂でのライヴ「ラプソディー」は余りに衝撃的だった!)も58歳と云う若さで他界したが、シーナの61歳も若過ぎる…反転ママ・アーティスト、そして女性ロッカーの走りだったシーナのご冥福を、心よりお祈りしたい。

さてニューヨークは相変わらずの極寒で、昨日の朝も何と−16度…最近では朝起きて−7℃位だと、「あぁ、良かった…」と思う程(笑)。

街中のデパートやブランド・ショップのウインドウ・ディスプレイは、今年はかなり遅いチャイニーズ・ニューイヤーをフィーチャーした物に変わり、要は中国人観光客の金目当てな訳だが、確かに最近のニューヨークの道やホテル、レストランでも中国語を聞かない所は皆無だ。

そんな中、エキジビション・アディクトな僕が向かったのは、アッパー・イーストサイドのガゴシアン…昔から注目して居る現代美術家、ヴェラ・ルッターの展覧会を観る為だった。

ヴェラ・ルッターは1960年にドイツで生まれて、現在はニューヨークで活躍中、「カメラ・オブスキュラ」を用いた大画面モノクロームの「ネガティヴ」作品を制作している女性アーティストだ。

僕が彼女の作品を初めて観たのは、確か空港に飛行機が停まっている2連か3連の大作だったが、そのモノクロームの大画面に圧倒されると共に、余りにもシャープで脳髄迄をスッと切られそうな感性に、多いに感動した物だった。

それ以来彼女の作品を追い駆け続けて居るが、例えばテーマがピラミッドに為ったり、月やニューヨークのシティスケープ、ファクトリーだったりと変化してもその鋭さは失われず、恰も「X線写真」が普段は見えない我々の体内を鮮明に映し出す様に、その対象物の「本質」を映し出し続けて居る処がスゴい。

今回のガゴシアンの展示は、76丁目とマディソン街に在る1Fのショップの奥のギャラリーで開催されて居るのだが、展示されて居るエンパイア・ステート・ビルディングクライスラー・ビルタイムズ・スクエア等の作品群は、普段僕が見慣れた風景や建築物で有るにも関わらず、何処か微妙な得も云われぬ違和感を残す。

それは云い換えれば、既視の筈の物が何故か未見の物に見えて仕舞う不思議さなのだが、その理由は偏に「ネガティヴ」作品が、僕等の眼が見るそれらと完全に「反転」しているからに違いない。

まぁ「ネガティヴ」なのだから、大画面作品に近寄って見ると当然ネオンの文字等は反転しているし、左右も逆に為って居るのも当然と云えば当然だが、遠くからの一寸見では中々気付かない…其処にヴェラのアートの真髄が有るのだと思う。

シーナとヴェラの2人の「反転」女性アーティストに想いを馳せ乍ら、窓の外を眺めると再びの雪…今年のニューヨークの冬は、本当に寒くて雪が多い。

明日はこの極寒の地から脱出し、西海岸へと向かう。