ポリーニと「秋の宝石」。

今日は先ず、ワタクシが「理解出来ない事」を2点程申し上げたく存じます。

最初に、都現美の「ここはだれの場所?」展が終了したそうですが、会田誠一家の作品撤去問題に就ての説明が、未だ都現美から全く無い様です。本当にこの侭、何も無かった事にする気なのでしょうか?そうならば、余りにも都民とアート・ファンを馬鹿にして居ませんか?…全く理解出来ません。

次に、村上春樹氏がノーベル賞を『「また」獲れなかった』と仰る多くのメディアや人々…と云うか、安部公房ですら取れなかった賞を、何故村上氏が取れると多くの人が信じていらっしゃるのか、これもワタクシには理解出来ません。

総じて芸術分野、「建築」(競技場)や「デザイン」(ロゴ)、そして上記の「アート」と「文学」、序でに「メディア」に於けるクオリティやモラル、リテラシーの低さを見ると、オリンピックのオープニング・セレモニーも、もう絶対的に期待出来ません。こんな調子だから「日本のアート界はダメだ、世界アート地図から消えて居るのだ」と世界の皆様から云われるのも、妙に納得出来ます。誠に寂しい限りです。

閑話休題

さて、秋も少しずつ深まって行くニューヨーク…此処の処の僕は、風邪気味の上イヴェント続きでお疲れモードだが、先ずはジャパン・ソサエティに赴き、新ギャラリー・ディレクターに就任が決まった神谷幸江さんと面会。

神谷さんは広島市現代美術館のチーフ・キュレーターだが、嘗てニュー・ミュージアムのキュレーターもされて居たから、この街の事も良くご存知と思うので、ハナから期待十分…JSのこれからの企画が楽しみだ!

そしてその晩は、クリスティーズで開催された「Forming Nature: Dansaekhwa Korean Abstract Art」展のオープニング・レセプションに出席。「Dansaekhwa」は1970年代に韓国で起こった「コンテンポラリー・モノクローム・ペインティング」ムーヴメントだが、この展覧会はそのメンバーの作品を中心に集めた、プライヴェート・セールの下見会で有る。

「Dansaekhwa」と云えば、8月にヴェニスのBoghossian Foundationで(拙ダイアリー:「現代美術勉強旅行」参照)、また7月にはパリのギャルリー・ペロタンでメンバーの1人で有る丁昌變の展覧会を観て居たし(拙ダイアリー:「Vive la France !」参照)、そもそも20年近く前、僕がクリスティーズの東京支社で働いて居た頃、今からすると価格も信じられない位に安かった李禹煥や鄭相和の名品を扱って居た事も有って、身近で有る。

クリスティーズの新ギャラリーで有る「West Gallery」には、上記3アーティスト以外にも河鐘賢、朴栖甫、尹享根、またグループ・メンバー以外からも金煥基や李聖子の都合8人の作品が展示され、僕の重要顧客やアーティストの親族を含めた多くの韓国系のお客さんで賑わって居たが、一寸物足りなかったのは西洋人や若い人が少なかった事だろうか。

さて現代美術マーケットは、何時でも新しい「売れる分野」を探して居る。そこで「中国現代美術」「具体」「もの派」「日本現代写真」に続く、ブームと為るべきアジアの戦後美術は?と考えると、韓国に目が行くのは必然。そしてその次は「具体」や「もの派」に含まれない、例えば斉藤義重や菅井汲、猪熊弦一郎堂本尚郎、山口長男と云った日本人アーティストが注目されるかも…だ。

然し僕がこの世界に入った20年前、クリスティーズの現代美術オークションに出て居た日本人作家と云えば、唯一のイヴニング・セール作家だった河原温荒川修作、岡田謙三と菅井汲位だった事を考えると、隔世の感が有る。

何はともあれこの「Forming Nature」、身贔屓だが展示作品も厳選されて居て、中々良いと思う…この展覧会は今月23日まで開催されて居るので、是非ご覧頂きたい。

対してプライヴェートの方はと云うと、コロンビア大教授+METキュレーター+アーティストとの焼鳥ディナー、或いはMFAHのキュレーターとのランチも刺激的だったが、何と云っても白眉は日曜日の午後、カーネギー・ホールで聴いたマウリツィオ・ポリーニだ!

僕に取ってポリーニカーネギーで聴く事は、もう一種の習慣の様な物なのだが(拙ダイアリー:「『カーネギー』で零れた涙」「『風格』と云う名の馨」「『ポリーニ』再び、そして『印象派・近代絵画イヴニング・セール』の行方」参照)、今回はシューマンショパンを弾くと云う事で、 美術史家T女史を誘っての鑑賞と為った。

何時も通り満員の会場を尻目に、ポリーニは相変わらず腕を垂らした侭トボトボとピアノ迄歩いて来て、ペコリと頭を下げたかと思うと、何の準備も躊躇も無く直ぐに弾き始める。

第1曲目はシューマンの「アレグロ ロ短調作品8」で、シューマンが当時の婚約者に捧げた作品。後にクララのレパートリーにも為った曲だが、この曲でのポリーニはエンジンが未だ掛からず、イマイチの出来。

が、アイドリングの甲斐有ってエンジンの掛かった2曲目(笑)、同じくシューマンの「幻想曲 ハ長調」は、もう涙が出る程素晴らしく、楽章の途中で客席から思わず「ブラヴォー!」の声が掛かってしまう程…こんなに美しい「幻想曲」を聴いたのは、生まれて初めてだ!

インターミッションを挟んでの後半は、ショパン特集…そしてその「舟唄 嬰ヘ長調作品60」と「2つのノクターン(第15&16番) 作品55」、「幻想ポロネーズ」と「スケルッツォ第3番」の出来は、それこそ「『ポリーニ王国』にようこそ」な出来映え。

そしてエンジン全開のマウリツィ王は、その後アンコールを3曲も…即ち「革命のエチュード」、「バラード第1番」、「夜想曲第8番」だったが、これ等の演奏はもう神懸かって居て、特に元々大好きな最後の2曲を、僕は涙無くしては聴け無かった!

何時までも鳴り止まぬ拍手の会場を後にして外に出ると、ジュリアード卒業生のピアニストHさんや、アート・ディーラーのB夫人、コレクター夫妻等の知人友人と出逢い、立ち話…そして僕等はチェルシーの「B」へと、ディナーをしに出掛けた。

そしてこの「B」で、僕がこの日のポリーニの演奏に負けない位の感動を覚えたモノこそ、「Autumn Jewel」(秋の宝石)と名付けられた、「B」の秋の「激ウマ」スペシャル・デザートだったのだ!

栗をふんだんに使ったこのスーパー・デリシャス・スイーツは、「自家製マロン・アイス」と「マロン・フレーク」をクレープで包み、その上から「マロン・エスプレッソ・ソース」を掛けると云う、「マロンちゃんの為の、究極のマロンちゃん」と云っても過言では無い「マロンちゃん」なのだ!(俺ったら、1人でもう大興奮では無いか…汗)。

ポリーニと「秋の宝石」と云う昼夜の大感動(笑)を得た、最高に幸せな1日と為りました。


ーお知らせー
*Gift社刊雑誌「Dress」にて「アートの深層」連載中。10/1発売の11月号は「秘すれば花」な「春画」に就て。