変貌する「愛の形」。

安保法案の強行採決に就いて、小学校から高校迄の同級生で現在慶大教授の片山杜秀が戦前の「時務の論理」を引き合いに出して、その危険性を述べているので(→http://digital.asahi.com/articles/DA3S11220018.html?_requesturl=articles%2FDA3S11220018.html)、ご一読頂きたい。当に彼の云う通りで有る。

そしてもう1つ、作家島田雅彦氏に拠る朝日新聞のコラム(→http://digital.asahi.com/articles/DA3S11734728.html)も必読と思うので、此処に掲げて置く。

さて、先週は出張でバテバテだったが、仕事の合間を縫って友人達との再会を楽しむ。

ロング・アイランド・シティに在るアーティストOのステュディオをキュレーターSと訪ね、帰りに近所のヒップなステーキハウス「M」で一杯飲ったり、若手アーティストMとは和食屋「T」で久々の食事。はたまた若い友人Sの人生相談を聞く為に、チェルシーに新しく出来た日本焼肉店の「F」へ行ったり。

で、「F」の「掛け声」付きの激ウマ焼肉を頂きながら聞いた若者からの相談は、恋愛、生き方、そして将来と云う、謂わば若さの悩みの「三種の神器」だったが、彼と色々話して居る内に、数週間前の「プライド・パレード」の夜に久し振りに会った、学生時代の友人Aの事を想い出した。

学生時代のAは恐るべきピアノの名手で、今でも一寸練習すればラフマニノフスクリャービンも弾けるらしいが、練習せずともショパンモーツァルト位は軽々と弾けて仕舞う程に上手い、ワイルドな外見からは一寸想像出来ない芸術家肌の男だった。

大学卒業後、Aは一時期一般企業に勤めたが、一山当てようと起業して失敗、結構な額の借金を背負う。が、自分の性癖を活かしてゲイ・バーで働いた彼は、其処で或る金持ちの客に気に入られると、池に錦鯉が泳ぐ様な広大な庭付一戸建て住宅を与えられ、其処で生活を送る様に為る。

そしてその金持ちの金で借金を返すと、Aはパトロンから逃げる様にしてニューヨークへ渡り、アート系の大学に入り直す。その時彼は既に40歳を超えて居たが、其処で一からアートを学び、アメリカのアート・コンクールに作品を出品したら見事入選…今では某有名画廊も付いて、アーティストとしてこの過酷な街で見事に生き延びて居る。

Aがコンクールに入選した最も大きな理由は、彼が新しく属したニューヨークのアンダー・グラウンド・アート・ワールドで、見識も力も名も有る某有名現代美術批評家と知り合い、彼に直接教育を受け、作品にそれを活かした事だと云う…ご存知の通り、アメリカのアート界に於けるゲイ・コミュニティのネットワークの広さと結束力は超強力だし、A本人も「唯運が良かっただけだ」と云うが、本当にそうだろうか?

さて、四半世紀振りにAにニューヨークで再会したのは、4年前の事だった。今回それ以来振りに会ったAは、最近行ったと云うグランドキャニオン付近のネイティヴ・インディアンに影響された「モヒカン刈り」に為って居て、街行くニューヨーカー達も振り向く程の異形振りだが(云って置くが、彼のルックスは決して悪く無い)、 僕もそれ程人の事は云えないか(笑)。

そして久々に居酒屋で乾杯したAの口から出たのは、前回は聞く事の無かったニューヨークに来た頃のお金に関する苦労話で、その中でも特に身につまされたのが、彼が此の地でゲイ・ポルノ・フィルムに出て居たと云う事だ。Aは膨大な額のアメリカの大学の学費+生活費を捻出する為に出演したのだが、何れにせよワーク・パーミットを持たない彼が、この地で「生きて行く」為に大変な苦労をした事だけは確かだ。

然し、人間が生きて行くと云う事はそういう事で、自分自身で働き、自己責任に於いて、自身の目的を果たすと云う事…この話を相談に来た若者にすれば良かったと後で後悔した。

では、今日の本題…先週末までジャパン・ソサエティで開催されて居たフィルム・フェス、「Japan Cuts」の中から数本を観て来た。

先ずは、豊川悦司榮倉奈々主演の「娚の一生」。原作は漫画家西炯子の作品で、50過ぎの大学教授とその男が嘗て付き合った女性の若き孫との、仄々した恋愛話。

最近巷では「年の差カップル」の話題を良く聞くが、女性が年上のケースも多く、それも現代日本草食男子の頼りなさの現れか…然し映画としての出来はマァマァ、且つ豊川の演技はワンパターンで、耳の聞こえない画家を演じた「愛していると言ってくれ」や、スランプ小説家役の「Love Story」等、昔テレビで良く観た彼と何も変わって居ないのだが、其処が何となく好ましく、「この人はさぞ女性にモテるんだろうなぁ…」と熟く思う。

2本目はグッと古くなって、リプリントされた大島渚監督1960年の代表作、「青春残酷物語」。こちらは「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の名称の生みの親と為った作品で、ポール・ニューマンの様な眼を持つ若き日の川津祐介と、気の強そうな桑野みゆきが破滅に向かって疾走する。

何十年ぶりに観た本作は、改めて観てもフランス・ヌーヴェルヴァーグの影響バリバリで、エンディングも例えばヴァディムの「危険な関係」やゴダールの「勝手にしやがれ」的唐突さで終わるが(どちらも大好きな作品だ!)、この手の作品にリアリズムを求める事自体が無意味なので、カット割りや音楽も含めて僕は矢張りカッコ良いと思った。流石大島、で有る。

そして3本目は「海を感じる時」…原作は中沢けいが高校在学中の1978年に書いた「群像新人賞」受賞作で、今迄にも映画化の話は有った物の、今回が初の映像化。が、本作の舞台が1976ー78年にも関わらず余り時代感を感じなかったのと、主演の市川由衣が頑張っては居るが、池松壮亮のワンパターン演技が少々残念。

が、今回観た3作品中の「破滅」型、「年の差」、文字通りの「献身」と云った恋愛形態は、友人Aの「同性愛」を含めて日本人の新旧の「愛の形」を観るに足る物で、僕に取ってはその点が非常に興味深かった。

要は、この25年の間の日本経済の上昇と鈍化、携帯電話やインターネットの出現、男性の草食化と女性の社会進出、一般社会での同性愛の地位確立等に拠って、日本人の恋愛の形も大層変わったと云う事だが、例えば今時「破滅型」なんて流行らないだろうし、「海を感じる時」の嘗ての「献身」的恋愛は、今と為っては「ストーカー」行為に近い。

Aと会った日が「プライド・パレード」の夜だったので、Aに「『同性婚』が最高裁でも認められたね…おめでとう」と云ったら思いがけない答えが返って来て、Aが云うには、

「80年代にAIDSが出て来てフリー・セックスに歯止めが掛かったから、今の流れに為っただけで、60年代からの元来のゲイ達はヒッピー・カルチャー的フリー・セックスを標榜して、そもそも『結婚』と云うシステム自体に反対して居た訳だから、今回の合法判決にはかなり複雑なんだよ」。

時代は移り変わり、人間の恋愛の形態は変貌し続ける…そして他人の「愛の形」を理解する角度も、深さも。