貴方は「12億円のお茶碗」で、お茶が飲めますか?

風邪は少し良く為って来た物の、咳は未だ出るし、遂には久し振りに結膜炎に為って仕舞った…。

なので、医者の命令で結膜炎を同僚に移さない様に数日家から出れず、当然気力も無く、ふと見始めた「LIFE〜人生に捧げるコント」の動画にハマる。

然し内村光良と云う人の才能はスゴい…昔の番組で云えば「夢で逢えたら」が大好きだったが、彼のコントに於ける社会風刺精神や不条理性は健在で、その演技力も含めて相当頭が良い人なんだろうと思う。序でに田中直樹西田尚美塚地武雅星野源ムロツヨシ臼田あさ美石橋杏奈の出演者全員が、個性的で芸達者と来ている。

その「LIFE」の中でも特に僕が好きなキャラ・コントは、田中演ずる「ゲスニック西条」や、名コメディアン塚地の「キスの上手いだけの男」なのだが、特に「キスの…」は塚地と美しき石橋が最高の演技を見せ、「人には何かしら取り柄が有る物だ」と勇気付けられたりもする(笑)。

そして気が付けば、あれからから15年…この間の日曜日は、何と15回目と為る「9.11」で有った。

記憶の風化は時間と比例し、時の速さだけが毎年印象を強める。が、実際当日テレビで放映された映画「United 93」を観たりすると、「あの日」が突然記憶に甦る(→拙ダイアリー「私のとっての『9・11』」前後篇参照)。そして「1WTC」は建設されたが、未だテロは根絶出来ない…それは他人の思想を操るのは、至難の技だと云う事の証明に他ならない。

そんな中、秋の「Asian Art Week」が始まった…今回のクリスティーズの目玉は、メトロポリタン美術館収蔵の中国美術品のセールと、個人コレクターから出品された中国陶磁器のコレクション・セールだ。

「臨宇山人珍蔵」と題されたこのコレクション・セールは、越洲窯・耀州窯・定窯・建窯・吉州窯・磁州窯・龍泉窯・鈞窯等の「日本人好み」な宋磁を中心とした物で、第1回目の売り立ては香港で開催されたのだが、2回目の今回はその舞台をニューヨークへと移した。出品総数は28点、その中でエスティメイト(落札予想価格)が最も高く付いた作品は、建窯「油滴天目茶碗」で有る。

さて、この黒田家・安宅家伝来の「油滴天目」は1935年に指定された「旧重要美術品」で、今回のオークション出品に際しその指定を解除された訳だが、「今は存在しない『指定』を解除する」と云うのも変な話だ。

その天目茶碗のエスティメイトは、150万−200万ドル(約1億5300万円ー2億4千万円)…が、下馬評通りの激しい競りの末、何と1170万1000ドル(約11億9300万円)で落札されたのだった!(→http://www.christies.com/lotfinder/lot/the-kuroda-family-yuteki-tenmoku-a-6019217-details.aspx?from=salesummery&intobjectid=6019217&sid=23f02f4d-d343-4c1c-85b4-8e8c78fc8600

そしてこの「臨宇山人」セールは1点を除き完売、総額1840万6千ドル(約18億4600万円)と云う驚異の売り上げを記録したのだが、もう1つ驚いたのはセール会場の活発だった事。

これは前回の香港のセールとは誠に対照的で、流石「アートの中心」ニューヨークならではの結果だし、逆に中国人バイヤーに取っては母国から遠いが故に、「買い戻し感」が強く働いたのかも知れない。また香港はその独立性を失いつつ有って、日に日に「中国」化して行って居る訳だから、ニューヨークやヨーロッパで買い求めた作品を香港や中国には持って帰らずに、例えばシンガポール等にストアして置く中国人顧客も増えてい居る、との噂も有る。

が、今回のセールの成功の最も重要なファクターは、日本ブランド的コレクションが持つ「来歴」の信頼性と、100%完売したメトロポリタン美術館セールとの相互作用で、顧客達も安心してビッド出来たのでは無いか…やはり「来歴」は重要なのだ。

そして今回のニューヨーク中国美術セールの大成功は大きく(明日も未だ有るが)、それは何故なら僕が深く係わった日本の某美術館の中国美術品の売り立てを、来年3月に此処ニューヨークで開催するから(プレス・レリースは近日発表)。

このセールに関しては追って詳しく此処に記すと思うが、多分日本の美術館が外国のオークションで売却するセールとしては、史上最も金額の大きいオークションに為ると思う…乞うご期待です!

そんなこんなで、今日セール会場で「油滴天目」が恐らくは茶道具史上最高価格(公開された金額として)の約12億円で売れたのを目の当たりにした僕は、セール直後に会場から起きた万雷の拍手に参加しながらも、ふと可笑しな事を考えていたのだが、それは「12億円の茶碗で、お茶が飲めるか?」と云う事だった(笑)。

現在一般的な茶の湯の場に於いて、本格的天目茶碗を使用する事は殆どない、と云って良いだろう。何故なら茶筅で撹拌すると釉に傷が付くし、侘茶の茶室にも似合わないからだが、それにも況してその茶碗がもし12億円もするのを知って居たとしたら、尚更ではないか?

では百歩譲って、その茶碗が油滴天目では無く、侘茶の席にも合い、茶筅もそれ程は気にしない「喜左衛門」や「大黒」、或いは「卯花墻」や「富士山」だったらどうか?…等と考えると、高価極まりない茶碗でお茶を頂く事自体、恐ろしくも甘美な経験に違いない…で、此処での大きな疑問は、今回12億円を支払ったバイヤーが、果たしてこの茶碗でお茶を飲むかどうか。

そして次為る質問は「貴方は12億円のお茶碗で、お茶が飲めますか?」、もとい、「美味しくお茶が飲めますか?」で有る。

いじましきは、庶民たるこのワタクシ…世界で最も高価な美術品を扱うオークションハウスに四半世紀勤めても、「ウーム…」なのだから(涙)。


PS:セール後、或る茶人と話したのだが、日本のメディアは何故このニュースを報道しないのだろうか?日本に到来して700年、重美指定の茶道具がニューヨークでこれだけ高額で売れたのに、で有る。


−お知らせ−
*来る10月17・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにて、僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務めた映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2014/art/works/18aj_Searching_for_Eur-Asia/)が上映されます。本作は最近「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞、各日上映後には畠山直哉國分功一郎森村泰昌の各氏と渡辺監督のトークが有ります。奮ってご来場下さい!詳しくは→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014

*10月29日(土)15:30-17:00、朝日カルチャーセンター新宿にて、「海外から見た禅画・白隠と仙突」と題されたレクチャーをします。詳しくは→https://www.asahiculture.jp/shinjuku/course/704962b9-c35e-e518-3c8a-57a99c63c4e2

*12月16日、19:00-20:30、ワタリウム美術館での「2016 山田寅次郎研究会4:山田寅次郎著『土耳古画考』の再考」 に、ゲスト・コメンテーターとして登壇します。詳しくは→http://www.watarium.co.jp/lec_trajirou/Torajiro2016-SideAB_outline.pdf