年末年始藝術備忘録。

新年明けまして、御目出度う御座います。本年もこのダイアリー、引き続き宜しゅうお頼み申し上げます!

という訳で、氷点下のニューヨークに戻って来た(因みに今日の天気は雪、最低気温は−8度也)。年末年始は下に記す様に、日本でノンビリとアート三昧だった訳だが、大晦日「第九」→除夜の鐘撞き→初詣と云う流れは中々良かったので、若しかしたら恒例化するかも知れない。

然し日本の正月TV番組は「お笑い」ばかりで、初めの内は僕なんかにも物珍しくて面白いので観て居たが、余り同じ様な面子と下らなさに辟易して仕舞う。もっと文化的な企画は出来無い物だろうか?が、その中でも「しくじり先生」に出て居た関西のお笑い芸人夫婦(名前は忘れた)の回には、不覚にも感動して仕舞って、それは不幸のドン底に有っても尚夫婦の愛の在り方が当にストレート且つ、明るく欺瞞の無い物だったからだ。こう云う夫婦って良いなぁ、と感じ入った。

そんな中、僕がこの年末年始に経験したアートを分野別にメモして置こうと思う。因みに今回展覧会は入って居ない…日本は、年末年始やって無い美術館が多過ぎるのだ!(怒)


・映画
●「ブルーに生まれついて」:2015年、ロバート・バドロー監督作品。主演のイーサン・ホークが白人ジャズ・トランぺッター、チェット・ベイカーを演じる伝記映画。高校生時代、僕がジャズを聴き始めた頃、最初に買った数枚のLP盤の内の1枚が「Chet Baker Sings」だったのだが、彼のクールなペットの演奏と特に「My Funny Valentine」の何とも切ない歌声は、マイルスの例えば「Kind of Blue」とは対極的に僕を魅了したのだった。本作ではイーサン・ホークがかなり良い味でベイカーを演じ、ミュージシャンはジャンキーで有っても魅力的で有り得る、と云う事実を証明して居る。また本作中でマイルスを演じるケダー・ブラウンは、以前見た「マイルス・アヘッド」のドン・チードルより余程マイルスらしく感じられた。チェットを彷彿とさせる囁き声でイーサン自身が歌って居る、「My Funny Valentine」や「I've Never Been in Love Before」等の音楽もサイコー!

●「追憶の森」:此方は機内で観た1本で、2015年ガス・ヴァン・サント監督作品、マシュー・マコノヒー渡辺謙が主演を務める。ガス・ヴァン・サントは僕の好きな監督の1人で、特に「ドラッグストア・カウボーイ」や「グッドウィル・ハンティング」、「小説家を見つけたら」「ミルク」が素晴らしい!…と思っていたのだが、本作はそれらとは趣を異にする、極めてプライヴェートで暗い物語の作品だ。然し、カンヌで公開時に大ブーイングだったらしいこの作品を僕は結構好きで、それはマコノヒーの演技に尽きる。鑑賞後、「『最高の死に場所』を見つけるのは、甚だ困難な事に違いない」との想いが増すが、それでも探す価値は十二分に有ると思う…人生の最後とは、それだけ重要なのだから。

●「ジャック・リーチャー:Never Go Back」:此方も機内での1本。前作同様トム・クルーズ主演、監督は「ラスト・サムライ」のエドワード・ズウィック。元憲兵隊犯罪捜査官の流れ者ジャック・リーチャーは、英国人作家リー・チャイルドに拠って創造されたが、まるでアメリカン・ハードボイルドの私立探偵その物。ロバート・デュヴァルも出て居た前作も機内で観たのだが、僕はこのリーチャー役は、何気にトム・クルーズの最高のハマり役の1つでは無いかと睨んで居る。若い頃からハードボイルドはかなり読んだが、僕的にはやはりスペンサー、マーロウ、アーチャーで、このリーチャーも中々イイ感じ。

●「千利休 本覺坊遺文」:DVDで観た1本。最近、勅使河原宏監督作「利休」と田中光敏監督作「利休にたずねよ」を観たので、もう一つの利休作品、と云う訳。本作は1989年西友(!)製作の熊井啓監督作品で、井上靖原作、奥田瑛二主演。利休は三船敏郎が務め、織田有楽には萬屋錦之介、秀吉は芦田伸介が演じる。生花指導に川瀬敏郎、時代考証はお馴染み高津商会の高津利治がクレジットされて居るので、劇中の確認作業も一興。本作はベネチア映画祭で「銀獅子賞」(監督賞)を獲って居るが、正直果たして其処まで良い映画だろうか?との感が強い。印象的だったのは、本作が遺作と為った萬屋錦之介の過剰な程の熱演と、利休・山上宗二織部が茶会を開いた時のシーンでの、「『無』では無くならないが、『死』では無くなる」と云う事。「茶人の自刃」と云うテーマは、研究の価値アリでは無かろうか?


・本
●野村四郎「狂言師の家に生まれた能役者」:和泉流狂言師の家に生まれ、能楽シテ方人間国宝と為った野村四郎師の半生記。今ウチの舞台を借りて居る女流能楽師の方が、野村師の弟子と云う事も有って、興味深く読んだ。狂言師から能のシテ方に為るのは、型や発声等の点からもさぞ大変かと思うが、四男だった事も有っただろうが、天才観世寿夫に惹かれて能の方に来た著者の根性には、頭が下がる。僕は昔から能や歌舞伎の世界の昔話や芸談を見聞きするのが楽しく、この本も例外では無い。

小川隆夫「証言で綴る日本のジャズ」:以前から個人的に親しくさせて頂いて居る、小川さんから頂いた渾身の著作。小川さんは名だたるレコード・コレクター&ジャズ・ジャーナリストで、整形外科医としてもマイルス・デイヴィスの主治医としても有名な方。そしてこの本で小川さんとの対談に登場する、日本を代表するジャズ・ミュージシャンや評論家達の話は余りに面白くて、読むのが止められなく為る。さて僕が少年時代、何と無くジャズに興味を持ったのは実は映画からで、嘗て住んで居た近所に在った名画座「国立スカラ座」で観た、「グレンミラー物語」と「愛情物語」の2本組だった。この2本の映画を観て衝撃だったのは、先ず「愛情物語」の中で弾かれるショパンノクターン2番が、僕の習って居たクラシックのそれとは全然違って居た事、そして「グレンミラー」の中でのサッチモの演奏が生まれて初めて聴く音楽だった事に、衝撃を受けたのだった。そして時は流れ、中学時代、再び国立スカラ座で「スティング」を観た時に聴いた、スコット・ジョプリンラグタイム・ピアノの名曲「エンターテイナー」と「ソラース」(これがまた良い曲なのだ!)をコピーしたり、TV番組「サウンド・イン・S」での世良譲北村英治松本英彦等の演奏を見入ったりして居た僕が、その後生まれて初めて買ったジャズのレコードは、オスカー・ピーターソン・トリオの「We Get Requests」とコルトレーン「Giant Steps」、マイルスの「Kind of Blue」と上記チェット・ベイカーの「Chet Baker Sings」、そしてバド・パウエルの「The Scene Changes-The Amazing Bud Powell」。そして同時にフュージョンにも目覚め、ナベサダの「カリフォルニア・シャワー」を資生堂のCMで聴いて、アルト・サックスを始めたのだが…と、長く為ったのでこの辺にするが、こんな「僕のジャズ史」を書きたく為る程、この本は魅力的で楽しい情報に満ち溢れて居る、ジャズ・ファン必携の書だ!

●高木凛「最後の版元:浮世絵再興を夢みた男 渡邊庄三郎」:「新版画」の生みの親とも云って良い、渡辺木版画舗初代店主、渡邊庄三郎の生涯を描く。江戸期の浮世絵版元蔦屋重三郎に倣い、現代の版元と為った渡邊の情熱と仕事は、スティーヴ・ジョブズ迄をも魅了し、1984年のマッキントッシュの発表セレモニーに於いて、ジョブズが橋口五葉の「髪梳ける女」を用いさせた事実等、知られざるエピソードを含み乍ら、新版画誕生秘話が記される。さて、川瀬巴水・橋口五葉・伊東深水・吉田博等、数居る新版画作家・作品の中でも、個人的に僕は深水の「対鏡」が一番好きで、それは鮮やかで艶やかな着物の赤と肌の白の色彩コントラストと構図、そして何よりもそれが、驚くべき事に深水が未だ18歳の時の作品にも拘らず、芳醇なエロティシズムと木版ならではの味わいの有る、恐るべき作品だからだ。父の代から家族的にも長いお付き合いを頂いて居る渡邊家は、現在3代目の章一郎さん…これからも、日本の版画芸術の為に頑張って頂きたい。

●二宮敦人「最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常」:藝大の学生達との会話を通して、アーティストの卵達の日常をリポートする。僕の周りには藝大出身者や在学中の人が多いので、この本を読んでもそう驚く事もないが、著者の妻が現役「藝大生」らしいので、どちらかと云うと、著者とその彼女との生活の方が興味深い。また藝大と一言で云っても、「音校」と「美校」の差異は甚だしく、それは僕の友人達の中でも明らかだが、例えば「音校」に所属して居ても馴染めず、「美校」の人とばかり遊んで居た人や、「音校」の女子に憧れて日々音校に通って居た美校の学生も居たりするから、バランスは良いかも知れない。そもそも芸術には「点数」が無い以上、評価をするのが困難な分野だが、日本に於いて藝大以外の私立美大は、入試では粗定員スレスレか定員割れして居る現状が有り、その中で藝大の存在は矢張り突出して居る。その意味でこれからの藝大の在り方が問われるし、学生の種類や在り方も変わって来るに違いない。然し、藝大生を「変わって居る」と云うが、「誰と比べて」変わって居るのだろう?


・音楽/舞台
●「ベートーヴェンは凄い!全交響曲連続演奏会 2016」@東京文化会館:大晦日に聴きに行った、13:00から交響曲第1番が始まり、途中休憩を挟みながら最後の「第九」が23:55に終了すると云う、マラソン大演奏会。このコンサートにチェロでフル出演して居たのが中学の同級生のF君で、彼からのお誘いだったのだが、結局1-2番と7-9番を聴くに留まった。指揮の小林研一郎の愛称は「コバケン」(ケンコバ、では無い:笑)、時には「炎のコバケン」(!)と呼ばれて居るそうで、実に情熱的な指揮で有ったが、それ以上にあれ程「礼儀正しい」指揮者を見た事がない…人柄だろう。そして僕は恥かしながら、何と「第九」を初めて、然も大晦日に効いたのだが、素晴らしい演奏でかなり感動して仕舞った!「第九」前の休憩時間に会ったF君が云うには、「これだけ長く弾いてると、自分が幽体離脱して、何処かから自分が弾いてるのを見て居る気分になるんだよ…」との事。F君、お疲れ様でした!

●「壽 初春大歌舞伎 昼の部」@歌舞伎座:正月4日に、家族で観劇。招待日らしく、客席では演劇研究家のW先生や鳥居派の当代にもお会いする。さて、目玉の愛之助の一人五役早変わりが見せ場の「大津絵道成寺」は、先ず以って松嶋屋の踊りがイマイチなのと、早変わりもモタついて客席もシラケ気味に為り、ガッカリ…長身の為、ロビーで一際眼を惹いた「嫁」見たさのファンの多さだけが目立ったのも、宜なるかな。少し庇えば、僕が「道成寺」と云う演目を、能でも歌舞伎でも此処の所かなり観て居る事も、辛い点に為る理由かも知れない。が然し、染五郎吉右衛門は流石上手くて、最近僕が観た染五郎はかなり良く為って来て居るし、特に「伊賀越道中双六 沼津」の播磨屋が超素晴らしく、「大播磨!」と声が掛かる程の熱演…播磨屋、凄い役者だ。


さぁて、一癖も二癖も有る作家や作品に囲まれて(ルパンIII世風に)、今年もどんなアートに出逢えるのか…楽しみ、楽しみ。


−お知らせ−

*僕がエクゼクティヴ・プロデューサーを務め、「インドネシア世界人権映画祭」にて国際優秀賞とストーリー賞を受賞した映画、渡辺真也監督作品「Soul Oddysey–ユーラシアを探して」(→http://www.shinyawatanabe.net/soulodyssey/ja/)が、好評の為、2017年1月21・24・30日の3日間、渋谷のアップリンクにてリヴァイヴァル上映されます(→http://www.uplink.co.jp/event/2016/45014)。奮ってご来場下さい。