西行夜桜。

テレビに出ると云うのは恐ろしい事で、こんな僕でも例えば観能中の休憩時間やタクシーを待って居る道端、展覧会や他の人の講演会等でも見知らぬ人に声を掛けられる様に為った。プライヴェートの時間では特に吃驚するが、大概は応援してくれたり、良い番組だったと云って下さる方が殆どなので、有難い。

然しこの事を考えると、今大問題に為って居る安倍昭恵夫人の私人・公人問題に於いては、「公」に知られて居る段階、また総理夫人で有る事からももう云う迄も無く「公人」で、衆目を集める時点で「私人」では無いと云って良いと思うし、選挙応援等でも「公」の顔を最大限に利用して居るのだから、言い逃れは出来ない。

況してや役人を連れ歩き、秘書も官邸の封筒を使って居る位なのだから、超「私人」たる籠池氏が喚問されて、夫人が喚問されないのには、全く納得が行かない。そして未だに何億円も負けた国有地払い下げの理由すら明確にされず、復興相に至っては福島避難民は自分で出て行けと云う…稲田防衛庁長官も含めて、現内閣は戦後最低レヴェルかも知れない。

そんな愚痴はさて置き、関西出張や顧客との数々の食事、そして今は詳しくは云えないが、某海外コレクションを纏めて日本企業に売却する契約に調印したりと云った仕事を熟しつつ、最近の課外活動(笑)はと云うと、先ずは「サントリー美術館六本木開館10周年 プレミアム・トーク・シリーズ」の第1弾、ゲストに舘鼻則孝氏を迎えての「伝統文化から読み解く日本のくらし」…骨董や浮世絵、花魁等からも啓発されるアーティストと、自ら「凸凹コンビ」と名乗ったI学芸員に拠る収蔵品を巡るトークは、笑い有り学び有りの楽しい物だった。

展覧会では、近美で開催中の「茶碗の中の宇宙 楽家一子相伝の芸術」展を、京都展に続き再見。長次郎は何度見ても飽きず、特に「大黒」と「無一物」には矢張り或る種の至上感が有る。僕が見た時には大好物「ムキマロン(栗)」は出て居なかった…残念至極。

が、その「ムキマロン」は、今日行って来た東博の「特別展 茶の湯」の内覧会に出て居て、一安心。その上この「茶の湯」展は、大大大好きと言っても過言では無い「老僧」や「中尾唐津」から、茶碗も何も大名品揃いの物凄い展覧会で、開幕直前に亡くなられた林屋晴三先生への追悼と共に、必見の展覧会で有る!然し唯一難を云えば、照明が明る過ぎて、特に長次郎作品が全く良く見えない…何とか為らないだろうか?

また先週末は久し振りに写真家S、ジャズ評論家O、小説家Hの各氏と僕で、ビルボード・ライヴで開催された「Miles Electric Band」のコンサートへ。このバンドはダリル・ジョーンズを筆頭とするコンセプト・バンドで、演奏はダリルの腕の良さだけが一際目立った感じだったのだが、その後は麻布十番和食店Sで一杯。戦後一ダメな内閣や万年ノーベル賞候補作家の新作小説の危うい内容と売れ行き、O氏のバンドやギター収集話迄語り尽くした、楽しいひと時だった。

そして、毎年恒例の人間ドックも受診したこの処のハイライトは、靖国神社で開催された「夜桜能」。

今年僕が行ったのはその2日目だったのだが、その理由は長いお付き合いの小鼓方大倉流宗家の源次郎師が出演されて居た事と、梅若玄祥師がシテとして舞う能が「西行桜」だったからだ!

靖国神社の夜桜能に伺うのは、昨年に続きこれが2回目。かなりの人出と花冷えは我慢出来るが、篝火の「火付け式」には前回同様に辟易する。何故政治家の名前等をスピーカーで放送せねば為らないのだろう…黙々と粛々とやれば良いのに、折角の幽玄な雰囲気が一発でブチ壊しだ!来年から絶対に止めて欲しい。

さて世阿弥作「西行桜」は、ワキに西行、シテに老桜の精を配する三番目物。西行は自分の庵での花見を禁じて居たにも関わらず、多くの客を迎える事に為って仕舞い、桜の所為で静かな生活が乱されたと歌を詠む。

「花見んと 群れつつ人の来るのみぞ あたら桜の咎にぞありける」

客席の自分が能の中で語られる花見客と同化して行く中で、舞台では其の夜西行の夢に桜の精が現れて、桜に咎は無いと告げ、桜の名所を告げながら静かに舞を舞い、咎の誤解が解けると今度は桜の精と西行が桜と春を惜しむ心で一体化し、精は夜明けと共に消えて行く、と云う内容だ。

篝火と満開の夜桜に彩られた、幻想的な環境の下で舞われた玄祥師の舞は流石の一言で、当に

「得難きは時、逢ひ難きは友為るべし、春宵一刻値千金花に清香月に陰」

を地で行く夜と為った。

そして今回のNHKの番組が放映された翌朝、父が死んで5年、初めて「父が生きて居たら、この番組を見せられたのに…」と思った事を思い出し、そして父がこの世から消え去って仕舞った事実を消え行く桜の精に重ね、西行のもう一つの歌、

「願わくば 花の下にて春死なん その如月の望月のころ」

を、僕は心の中で何度も繰り返して居た。

西行と夜桜は、人に「名残り」を惜しませる。