「visitor」の「resident」義体化顛末。

9月に入って仕事も本格化し、今抱えている3つの大きなプロジェクトも少しずつ進み始めた。

そんな新しい日常の合間を縫ってのアート活動も相変わらずで、千葉市美術館で始まった素晴らしいラインナップの「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」のレセプションに出掛けたり、はたまた親しい古美術商達が僕の為に開いて呉れた「歸國記念大宴会」に出席したり…友情に感謝感激で有る。

特にこの大宴会では、20年程前から某老舗古美術商の文字通り「御蔵入り」と為って居た、我らが草野球チーム「Underbidders」(笑)のユニフォームの贈呈式が有り、無事着る事の出来た、当時の体重を使った背番号「88」番のユニフォームを羽織り、帽子を被ってM山R泉堂のK社長と映った記念写真は、恰も入団会見の写真みたいで良い想い出と為った…皆さん、有難うございました!

そして9月半ばは、毎年恒例ニューヨークのAsian Art Week…と云う事で、僕も2ヶ月半振りにニューヨークへ出張。その機内では「ゴースト・イン・ザ・シェル」を観たが、SFXは兎も角も、テーマで有る「義体化」も「ブレード・ランナー」のレプリカント達や「ロボコップ」程の心理的情緒も無く、残念。

なので機内では本作と、今迄何とも思って居なかったのに、これを観たら何故か急に可愛く見えて来た(笑)、北川景子出演のドラマ「Hero」に留め、代わりに読み始めた林道郎「静かに狂う眼差し:現代美術覚書」(水声社)に没頭。

この著作は8月に川村記念美術館で開催されて居た、著者キュレーションの同名展のカタログも兼ねて居るが、「アートとは、或る種の『謎解き』で有る」事を改めて教えて呉れるスリリングな内容で、展覧会を観て居ない人でも十二分に楽しめる、超オススメ本だ。

そうこうして居る内に、素晴らしい気候のニューヨーク到着。空港からのハイウェイの向こうに、忽然と見えて来るマンハッタンは記憶に違わない物だったが、レキシントン街のホテルにチェック・インする際の違和感には少々戸惑った。

さて、秋のAsian Art Weekは春のそれに比べると規模も小さいが、季節が良いので或る意味ニューヨークに来る口実としては最高。今回は僕が関わった中国美術のセールは無かったが、幾つかの重要なミーティングと顧客を伴っての作品ヴューイングが有ったので、今回の「第二の里帰り」と為った訳だ。

そのAsian Art Weekはと云うと、クリスティーズは4345万ドル(約47億4800万円)を売り上げ、中国美術の堅調さを示したが、春の藤田美術館セールの様な派手なセールも無かった為、何処か落ち着いた雰囲気。

僕の方はと云うと、酷い時差ボケの中NY到着後疲れが出たのか、風邪と結膜炎を併発してダウンし、病院行き…が、会社での会議や重要顧客とのミーティングも果たし、Koichi Yanagiでの仁清や乾山、Sebastian Izzardでの素晴らしい擦りの浮世絵、吉井画廊でのアラーキー、そしてブルックリン美術館の新装Korean Gallery等の展覧会も拝見出来、更に友人達が企画してくれた、美味しい四川料理店「S」での「お帰りなさい会」にも何とか出席する事が出来て、遥々来た甲斐も有ったと云うモノだ!

が然し、此方に来ても何故か気に掛かるのが、例えば英ガーディアン紙が報道した東京五輪の「招致贈賄疑惑」(略決定的では無いか?)を、日本のメディア(世界最低だ)が無視し続けるのを良い事に碌に調査もせず、北朝鮮のミサイルはただ打たせっ放し、加計・森友問題はもう霧散し無くなった如く振る舞い、「今なら勝てる」等と意味の無い衆院解散を考えたりして、己の保身ばかりを目指す我が国の政権の事だったりするのが、誠に情け無い。

そしてこんなウンザリする国に恒久的に戻った僕が、つい2ヶ月半前まで17年間も住んだ街に戻って来て感じたのは、驚くべき事に「僕はもうニューヨークの『resident(住人)』では無く、『visitor(訪問者)』なのだ…」と云う感覚だった。

それは、ホテルにチェック・インした時から始まったのだが、ホテルで過ごすニューヨーク、朝ホテルから向かうロックフェラー・センターのオフィス、食事から戻るホテルの部屋…ホテルこそが「visitor」のアジトと云う事なのだろうか?

土曜日、「visitor」な僕は朝イチのクライアント・ミーティングをアッパー・イースト・サイドで終え、その後夜の会食迄時間が有ったので、大好きだったブライアント・パークに行き、コーヒーを買って椅子に座り青空を見上げると、漸く「resident」の気分に為って来た。

一時の「resident」に「義体化」した僕は、公園を後にしてゆっくり歩いてチェルシーに向かい、顔馴染みのシェフとウェイターに迎えられ、行きつけだったイタリアン「B」のカウンターで思い出深いTシェフの美味しいパスタを食べるが、その味に拠って危うく「義体化」が解けそうに為り、焦る。

そして今日日曜日の朝、クライアントと今回の出張での最重要仕事を終え、その顧客と連れ立って大好きだったピッツェリア「C」に行き、好天の下のテラスで、知らない間に名前が変わって仕舞った「法蓮草のパイ」と名前の変わらない「キノコのパイ」を食べると、名前が変わって仕舞ったのに美味しさは変わらないパイの味と、後数時間で羽田行きの飛行機に乗ると云う事実が、僕の「resident」義体化を情け容赦なく崩壊させ始めた。

今、僕はJFK空港のラウンジ…すっかり「visitor」に戻った僕は、今からホームタウン・トウキョウに戻る。

See you, my dear New York.


ーお知らせー

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。

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