守護天使「ウンベルト」との再会。

ご無沙汰致しました…。

この「トウキョウ・アート・ダイアリー」も、「はてなダイアリー」から「はてなブログ」へと晴れて移行した。

これからも宜しくお願い申し上げ奉りまする。

と云う事で、久々の更新はこれも久々のロンドン出張の事を。

4、5年振りに訪れたロンドンは、ヒースロー空港からの車窓で見る風景も、常宿で有る極めてロンドン的なホテルの、玄関に立つ燕尾服と山高帽で装ったドアマンも、素晴らしい出来のエッグベネディクトも、ガタガタするリフト(エレベーター)も僕の記憶の中のそれとは違わずに、僕を旧い友人の様に迎え入れて呉れた。

さて今回の出張の目的は、印象派・近代絵画オークションにアテンドする事だったが、目玉は個人コレクションからのモネの「睡蓮」とセザンヌの「静物」(→https://www.christies.com/lotfinder/Lot/paul-cezanne-1839-1906-nature-morte-de-peches-6190577-details.aspxで、そのセザンヌが僕的には今季の白眉だった。

結果、セザンヌは2120万3750英ポンド(約31億2000万円)で売れ、今季のクリスティーズ・ロンドンの印象派・近代絵画のセール・トータルは、シニャック(→https://www.christies.com/lotfinder/Lot/paul-signac-1863-1935-le-port-au-soleil-6190915-details.aspxやカイユボット(→https://www.christies.com/lotfinder/Lot/gustave-caillebotte-1848-1894-chemin-montant-6190917-details.aspxのアーティスト・レコードを含む、1億6542万4503英ポンド(約243億円)を売り上げ、サザビーズの1億907万4925ポンド(約160億円)に大きく水を開けて終了。

が、今日のダイアリーの主題は其処では無く、タイトル通り僕の嘗ての「守護天使」との再会の事だ。

彼の名前はウンベルト…当年取って82歳の、元イタリア選抜ラグビー選手。今を去る事27年前、僕がクリスティーズ・ロンドンにトレイニーとして入った時に、「19世紀コンチネンタル絵画」部門にイタリアン・クライアント・サービスとして居た社員だ。

さてその年、僕はトレイニーとして印象派・近代絵画、版画、中国美術、そして今はもう存在しない「19世紀コンチネンタル絵画」の各部門に3ヶ月ずつ在籍し、来る日も来る日も作品を額から外してカタログしたり、焼物の状態を調べたりして居た。

その「19世紀コンチネンタル絵画」部門は、印象派以外の19世紀ヨーロッパ絵画、即ちミレーやコロー等のバルビゾン派の画家や、北欧或いはスペイン等の画家達の作品を扱う部署で、見た事も聞いた事も無い画家の名前や画中の当世風俗、そして何よりも最低レヴェルの英語力と、それにイラつく短気な貴族の上司が、僕を毎日毎晩悩ませて居た。

そして僕が毎日の様に、その上司に怒鳴りつけられて居た時に、「守護天使」の如く庇ってくれ、慰めてくれたのがウンベルトで、当時殆ど鬱化して居て、何度辞めようかと思って居た僕が今此処に立って居られるのは、彼のお陰だと云っても過言では無い。

僕がロンドンでのトレイニーを卒業した数年後にクリスティーズを辞め、その後サザビーズに移った末に業界を引退してかなり経つウンベルトが、最近僕のロンドンの同僚にスーパーで偶然出会った時に僕の話と為り、その同僚に連絡先を託したのだった。

そうして僕は、ロンドン滞在最終日のランチタイムに、ウンベルトと再会する事に為った。

カフェに先に来て居たウンベルトは、僕を見つけて立ち上がると破顔一笑し、昔の様に「カツーラ!」と「ツ」にアクセントを付けてイタリア人らしく叫び、今でもガッチリとした身体で僕をハグした。

その後の食事は、お互いの今迄と家族や共通の知人の話、昔話等で彩られ、僕等の間で交わされたジョークも相変わらずだったが、これは27年前と比べた時の、僕の英語力の偉大なる進歩も一役買った筈だ(笑)。

そんな楽しい時間もアッと云う間に過ぎ、別れの時が来た。

僕等は店を出ると握手をし、イタリア式にキスをしハグをして、「また逢う日迄、元気で(Be well, until next time)…」と云った瞬間、僕の眼に何故か涙が溢れた。

ウンベルトにバレない様に眼を拭い、彼の顔を見ると、彼の眼も潤んで居る様に見えたのだが、それは僕らの年齢では感じざるを得ない、「一期一会」の思いそのもので有ったに違いない。

帰りの機内で僕は、携帯に残したウンベルトと肩を組んで撮った写真を眺めた。

人は、それがほんの一瞬でも誰かのお陰で今の生活が有り、人生が有る…何時も忘れがちな、そんな当たり前の事を思い出させて呉れた、ロンドンと守護天使との再会だった。

Be well, Umberto, until next time.

 

ーお知らせー

*3/2に朝日カルチャーセンター新宿校で開催されたレクチャーが、無事終了致しました。ご参加頂いた皆様、有難うございました!4/7迄東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展」、是非ご覧下さい!

*来たる3/9(土)、文化放送で11:00~13:00に放送されます「なかじましんや 土曜の穴」(→http://www.joqr.co.jp/ana/に生出演します。お時間のある方は是非!

藤田美術館の公式サイト内「Art Talk」で、藤田清館長と対談しています。是非ご一読下さい(→http://fujita-museum.or.jp/topics/2018/12/17/351/)。

*僕が嘗て扱い、現在フリア美術館所蔵の名物茶壺「千種」に関する物語が、『「千種」物語 二つの海を渡った唐物茶壺」として本に為っています(→http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000033551943&Action_id=121&Sza_id=E1)。非常に面白い、歴史を超えた茶壺の旅のお話を、是非ご一読下さい!(因みに、その「千種」に関する僕のダイアリーはこちら→http://d.hatena.ne.jp/art-alien/20090724/1248459874、今から思えば、これも藤田美術館旧蔵で有った…)

主婦と生活社の書籍「時間を、整える」(→http://www.shufu.co.jp/books/detail/978-4-391-64148-6)に、僕の「インターステラー理論」が取材されて居ます。ご興味のある方は御笑覧下さい。

*僕が昨年出演した「プロフェッショナル 仕事の流儀」が、NHKオンデマンドで今月一杯視聴出来ます。見逃した方は是非(→https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2017078195SA000/)!

*山口桂三郎著「浮世絵の歴史:美人画・役者絵の世界」(→http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062924337)が、「講談社学術文庫」の一冊として復刊されました。ご興味の有る方は、是非ご一読下さい。