平野啓一郎の新作「ドーン」読了。

平野啓一郎氏の新作小説、「ドーン(DAWN)」を一気に読了した。氏の作品はいつも得体の知れない「不安」、「心の闇」と「緊迫感」がその全体を支配し、決して「完全なるハッピーエンド」という訳では無いのだが、この新作もまた然り。

先ず驚くのは舞台設定で、時代設定は中世かと思いきや何と近未来、外科医で宇宙飛行士の日本人が主人公で、彼の搭乗する火星探査船の名前が本作タイトルの「ドーン」なのである。物語は、この人類初の火星有人探査船とその旅程での事件、米大統領選とアメリカという国家が抱える病い、NASA生物兵器テロ、主人公夫婦の家庭崩壊・危機、人種差別問題、等を絡めつつ進行する。こう書くと事件が多すぎて、取留めが無い様に聞こえるかも知れないが、其処は著者の力量が思う存分発揮されていて、全てがピッタリとジグゾー・パズルの様に嵌まり込むので、ご心配無く。

この新作はエンターテイメント的要素も多いので、その様に読み進む事が可能である。が、ここが平野作品のスゴい所なのだが、どんな時事的・風俗的な事象が出てきても、平野氏の文体にはいつも純文学の香りが漂うのだ。同氏の「高瀬川」と云う短編の読後もその思いが強く有り、この短編は端的に云ってしまえば、ある作家(本人がモデルかも知れない)が女性とラブホテルに入りSEXをする話で、勿論性描写も細かく書かれるのであるが、良い意味で全く風俗(ポルノ)小説味は無く、ある種高雅な香りがする程であった。この辺も、作者の意図を正確に読者に伝える力量の凄さと言えるのだろう。

主人公「明日人」(「アスト」ロノート)の「不安感」と「罪悪感」は読者に最後まで纏わりつき、この不安は日常我々が身の回りで、必ずと云って良い程体験しモヤモヤしている事象と同化する。そして大団円では、これもいつもの様に、作者は「未来への不安」と共に「一筋の光」を読者に垣間見せるのだが、「不安」が霧散する訳では無く余韻を持って心に残される。ここにこそ、作者が主人公とその妻にそれぞれ名付けた「明日人」と「今日子」という名前、そしてタイトル「DAWN」の意味が深く刻まれているのかも知れない。また、小説内で繰り広げられる米大統領選と、先日の自民党大敗の衆院選が何処と無く被り、これも予知夢的に読めた。

何れにしても、一気に読ませる筆力と膨大な情報量の処理の凄さ、エンターテイメントにも拘らず漂う純文学感…「ドゥマゴ文学賞」受賞作に相応しい新作であった。超オススメである。